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北の国から

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弟子な素朴な疑問に口出ししてしまうカミュ。真面目な、真剣な眼差しで質問する内容ではない。この弟子はよくも悪くも真っ直ぐに育ちすぎたと思う。
ミロはカミュの表情の変化を面白そうに眺めた後、
「今の話は結構面白かったと思うがな」
「そういう問題ではない」
仕方がないので、カミュ自ら話題を修正することにした。
「氷河よ、私があまり外出しないだけで、皆それぞれ自由に生活を楽しんでいる。戦いも終わり平和な世になった今、『黄金聖闘士が顔を合わせるのは非常事態』というわけでもない」
「そうなのですか、カミュ」
新事実発覚に、氷河がぽかんとした表情で瞬きをしている。
それも仕方ない。
氷河は東シベリアからほとんど出ない上にここを訪れる黄金聖闘士も少ないため、世の流れや情報に疎くなっていた。
たまに瞬が手紙をくれるので、それで仲間たちの近況を知るくらいだ。
食事後、勉強のために氷河が台所と続きになっているリビングに下がった後、
「カミュ、たまには氷河を他へ連れ出したらどうだ?」
綺麗にボルシチを平らげたミロは、カミュにそう提案する。
せめて日本に数日滞在させてみてはどうだろうか?
ミロはそう勧めるのだが、カミュは少々参ったかのようにため息をつくと、
「氷河はあまり東シベリアを離れたがらない」
「……何故だ」
ミロは基本煙草を吸わないので、食後の一服はしない。
昔一時期ふざけて吸っていたことがあったのだが、日々の煙草代がとんでもない額になることに気付き、すぐに止めた。
煙草は生活費を圧迫するのだ。
代わりに、カミュが入れてくれた紅茶にジャムを混ぜ、ロシアンティーにして飲む。
酸味の残る甘みを味わっていると、カミュがどうしようもなく辛そうな声で、
「母親だ」
「母親?」
訝しげに眉間に皺を寄せるミロ。何故、そこでそんな単語が出る。
そのミロの疑問を察したのか、カミュは泣く一歩前の表情で答えた。
「……氷河の母親が、凍った海の底で眠っているのだ。それ故、できるだけ東シベリアに居たいと、離れたくないと」
「ほぉ……」
氷河が母親に対して強い感情を抱いているのは、ミロも小耳に挟んでいたが……まさかここまでだったとは。
ミロは紅茶をすすりつつ、横目で氷河を眺める。
こんな話を目の前でされても、氷河は顔色一つ変えていない。
『なんだかなー……』
もう少し恥ずかしがってもいいだろうにと、ミロは思う。
14歳の男が、死んだ母親が気がかりだから故郷を離れられないというのは、いくらなんでも『無し』だろう。
「なぁ、氷河。お前の気持ちはわからんでもないが、自分に縛られる事をお前の母親は望んでいないと思うぞ」
「ミロ」
同僚の言葉をカミュが咎める。ミロはそんなカミュの顔を軽く睨み返した。
「氷河の母親が眠る船を、海溝の底に叩き込んだお前に何が言える?」
「…………」
それを言われると、カミュに反論する術はない。ミロは氷河に体を向けると続ける。
「お前が母親を大事にしている気持ちはよくわかる。だがな、俺には……
外の世界に出向かないのを、母親のせいにしているように見えるぞ」
「何!?」
この時、これまでポーカーフェイスを保ってきた氷河が、血相を変え、椅子をガタンと鳴らして立ち上がる。
「俺がマーマのせいにしているだって!?」
「だって、そうだろう。母の側に居たいから、東シベリアを離れたくないなどと、母親のせいにしている以外の何者でもないだろう」
ミロの言葉は厳しい。だが、それほど間違ってもいない。
カミュがミロに何か言おうとしたが、ミロはひと睨みして黙らせた。
このような時のミロの迫力は、いつもの気のいいあんちゃんの雰囲気が微塵も感じられないものだった。
だがカミュとて黄金聖闘士。そう簡単に気圧されない。
「理由だ。せいにしているわけではない」
「世間ではそれを屁理屈というと、ムウが以前貴鬼に説教垂れていたぞ」
「………………」
またまた言い返せないカミュ。ミロは再び話を続ける。
「別に、母親を忘れろとか、東シベリアから出て行けとか言っているわけではない。もう少し色々な経験を積んでもいいのではないか?と俺は言っているのだ。先程のように少しズレた事を言っていると、恥をかくのはお前を指導しているカミュなのだぞ」
「だがミロよ、この氷河……聖闘士として多くの戦いを……」
氷河が話す度に、眼帯の上にかかった金髪が揺れる。
それに頷くミロは少々困ったように笑うと、
「そうだな。お前は聖闘士として数多くの戦いを経験した。だがな、お前はまだ14のガキなんだよ」
こう語るミロは二十歳。
氷河の師のカミュも二十歳。
両者とも、世間ではまだまだヒヨッコ扱いされる年齢だ。
それを聞いていたカミュは、口を出す気が無くなったのか、流しで洗い物を始める。
今夜は聖域から届いた翻訳の書類を仕上げなくてはいけない。
カミュはギリシャ語、フランス語、ロシア語、英語に堪能なので、翻訳依頼がかなり舞い込むのだ。
なお、一番翻訳の仕事が多いのがアフロディーテで、多量の事務仕事にくわえて薔薇園の管理もあるためか、日常の修業があまりできず、ああなってしまったとかそうでないとか。
カミュが皿を洗い始めても、ミロの一方的な説教はまだ続いている。
「もっと、お前も外に出た方がいいと思うぞ。外部の人間と会って、カミュから学ぶ以外の事も吸収した方がいい。そして、お前の母親に色んな話をしてやれ」
「……それも、そうだな」
苦笑いしつつ、椅子に腰掛ける氷河。
ミロの言葉は氷河にとっては腹立たしい事もかなり言っているが、さほど間違った事は言っていないようにも思えた。
……この時は。
「俺も……マーマといつか冥界で再会した際、沢山話ができるようになりたいよ」
「そうか、そうだよな」
この時、ミロの目が蠍の針の如く危険な光を浮かべたのを、台所にいたカミュは小宇宙で察していた。
「何のつもりだ、ミロは」
訝しさを感じながら、洗い籠の中に皿を入れる。
ミロは非常に男らしい精悍な笑みを浮かべると、氷河に告げた。
「まず隗より始めよと言うしな。俺もなるべく頻繁にシベリアに来てやるよ」
「本当か、ミロ!」
前にも書いたが、シベリアにはあまり人が来ない。
本人たちに自覚はなかったかもしれないが、結構寂しかったのであろう。
氷河の灯りが灯ったようなこの表情が、全てを語っていた。
流しを布巾で拭きながら、ああ、そんな事かとホッと息を吐いたカミュだったが、側にやってきたミロのこの言葉を聞いて、考えを改めた。
「あ、俺、ロシア料理あんまり食った事ないんだ。フランスの家庭料理も。ムウんとこは和食か中華かイタリアンが多いからなー。後、欧風カレー。だからロシア料理食いたいな、ロシア料理!だが、ボルシチばっかりでも飽きるから、そこはよろしく」
ポンとカミュの肩を叩いて、ゲストルームに引っ込むミロ。
カミュは悟った。そして思い知った。
ミロがシベリアにやって来たのは、自分がミロの友人だという事もあろうが。
だが、何よりも。食事が目的だと。
しかしカミュはよくも悪くも根が甘いので、ミロを邪険にする事もできずに今に至る。[newpage]
作品名:北の国から 作家名:あまみ