Jewelry Angel
ビーフシチューを多く作ってしまったので食べにきて欲しいと、ムウから連絡があったのである。
「しかし、教皇もお人が悪い。あんなまどろっこしい事をしなくても、最初からメールを見せてくださればよかったのです」
ビーフシチューを味わいつつ、アフロディーテは同席している上司にそう抗議する。
シオンは表情筋一つ動かさずに、
「あの書類をそのまま渡すのは、気が引けたのでな。あのような仕事、聖闘士、ましてや黄金聖闘士に依頼するべきものではなかろう」
「何の話だ、アフロディーテ」
事情を知らないシュラは、二人が何について話しているのか分からない。
ムウと貴鬼は帰宅したシオンから聞いていたらしく、お互いに顔を見合わせて苦笑いしている。
「……教皇」
目で上司に訴えかけるアフロディーテ。
シオンはフランスパンを千切りつつ、よかろうと一言。
「……シュラ、グラード財団には宝石を扱っているセクションがあるのを知っているかい?」
「話だけには、な」
シュラもグラード財団の書類の翻訳をたまに手伝うので、(聖域にはスペイン語が出来る人間があまりいない)財団にはどんな関連企業があるか、それなりに知っている。
「で、今度ボーナスシーズンに合わせて、CMを流そうということになってだね……」
「ああ、もういい。わかった、オチはわかった。CM出演を依頼されたってことだろ」
「Yes 」
アフロディーテの美しい顔が、ほんの少し引き攣っている。
「本職のモデルに頼めばいいだろう?前もグラード財団はアイオリアに下着モデルをやらせていたし、一体あそこは我々聖闘士を何だと思っているんだ?」
聖闘士、特に黄金聖闘士は秘密裏に動くことが多い。
それなのに、顔の露出の激しいモデルの仕事をやるなどとんでもない!
アフロディーテが苛立っているのも、シオンがその仕事をさせたくなったのも、同じ理由からだった。
アイオロスとサガがアフロディーテの決断にほっと息を吐いたのは、別の理由であったが。
(アフロディーテがモデルデビューしたら必ず売れっ子になってしまうと、教皇補佐たちはわかっているのだ)
ムウはそれらの話を横で聴いていたが、
「銀河戦争で聖闘士の戦いをテレビ放送していましたからねぇ、グラード財団は。ですので、その辺はあまり気にしていないというか、無頓着なのかも知れませんね」
「あー……」
シチューを食べつつ納得する一同。
そうかもしれない。グラード財団にとって聖闘士とは、テレビで見せるものなのだろう。
聖闘士の中に、並のモデルを遥かに超えた美しい容姿の者がいたら、CMに起用したいと思っても無理はない。
「アテナには今更申すまでもないが、財団関係者には少々自重を求めねばならぬな。今後の聖域の運営に支障が出ると、困る」
絞り出すようなシオンの声。小さく息を吐いた後、ポツリと、
「いつから聖域は、グラード財団への人材派遣会社になったのやら」
その独り言には、二百年以上聖域を統治してきた者の複雑な感情が、ほんの少し滲み出ているように感じられた。
翌日。
シオンが教皇の間に出勤すると、サガとアイオロスがコーヒー豆を噛み潰したような顔で、パソコンのモニターを睨んでいた。
「お早う。どうした、お前たち」
鞄を所定の位置に置いた教皇は、非常にイヤそうな顔でモニターと対峙している部下二人に問う。
「おはようございます、教皇」
指で、モニターの外枠をポンポンと叩くアイオロス。
サガはシオンに場所を譲り、自分の席で仕事を始めようとしたが、ため息しか出てこない。
「何なんだ、あいつは……」
と、机の上で頭を抱え出す。取り敢えず、髪はまだ黒くなってはいない。
「?」
部下に促され、モニターをのぞくシオン。
パソコンはメーラーが起動されており、そこには新着メールが一通。
『例の件だが、てっきり快く引き受けてくれると思い、撮影の手配は全て済ませてしまっている。
教皇の強権で、どうにかアフロディーテを説得してくれ。辰巳』
この無茶振りは……ひど過ぎないか?
シオンは一瞬立ちくらみを起こしそうになった。
そして、
「ならば、はじめからそう申すがよかろう!!この阿呆めが!!」
執務室がガタガタ揺れるような大声で怒鳴るものだから、流石のサガやアイオロスも思わず身を竦めた。
流石に、教皇の怒号は迫力が違う。
「……どうしましょう、教皇。ここで手をこまねいていても、仕方ないでしょう」
一番早く頭の切り替えに成功したアイオロスが、シオンに訊ねる。
このまま撮影が進まなかったら、グラード財団、ひいては沙織の責任問題になってくる。
何よりもアテナのことを考えて行動するアイオロスには、それは看過できない事態である。
しかしアフロディーテをああいった場所に出すのは……正直、困る。
即座にアフロディーテが呼びつけられる。
彼は双魚宮のパソコンデスクで翻訳の仕上げの最中だったが、すぐに支度を整えてやってきた。
「……アフロディーテ、御前に」
電話でサガからトラブルの内容を聞いていたアフロディーテは、寝不足時特有の腫れぼったい瞼をしている。それでも美しいのだから、美形はお得だ。
「話は聞いておると思うが、少々困った事態になった」
シオンの顔には、うんざりとイライラが塗りたくられている。この様子では、ムウに好物を作ってもらっても多分回復しない。
アフロディーテは蒼金色の髪をやや揺らすと、綺麗な目を上司に向けた。
「教皇、私も教皇の間への道すがら、色々考えておりましたが」
「何だ」
サガの声が、重たい。メールを打ったのは彼なので、妙なところで責任を感じているのかもしれない。
「一つ、案がございます」
「なに!?」
その言葉に、三人はビビッドに反応した。
アフロディーテはそのリアクションに内心少々引きながらも、美貌は崩さなかった。
「ある聖闘士を召集頂きますよう」
微笑んだアフロディーテが告げた、その聖闘士の名は……。
作品名:Jewelry Angel 作家名:あまみ