Jewelry Angel
それから二ヶ月後。
グラード財団系列の宝石会社のCMが、日本でも流れるようになった。
CMには謎の美男子が出演しており、ネットやスポーツ紙で静かな話題になっている。
「……グラード・ジュエルのCMに出演している、謎の美男子……ねぇ」
登校前、居間でスポーツ新聞の見出しを眺めていた星矢は、何か物言いたげに瞬や邪武を見やる。
「……あのさ、まさかこれ、アフロディーテじゃないよな?グラード財団のコネで謎の美男子引っ張ってくるとすれば、あの人しか居ないだろ」
すると、向かいの席で英字新聞を読んでいた瞬は、即座に否定した。
「それはないと思うよ」
「どうして言い切れんだ?」
これは、瞬の隣で今朝発売のジャンプを読んでいる邪武。朝5時に起きて、コンビニで買ってきたのだ。
瞬は小さく頷くと、
「あの人、このところずっと別の仕事で忙しかったみたいだから」
「……よく知ってるな」
「この前貴鬼が言ってたよ。貴鬼はあの人に英会話習っているんだよ」
「へぇ~」
感心したように声を上げる馬二匹。それは知らなかった。
「じゃぁ、誰なんだろうな?」
首をひねる星矢。確かに、聖闘士、特に黄金聖闘士には顔立ちの整った者が多々いるが、謎の美男子レベルで騒がれる者はというと、アフロディーテくらいしか思いつかない。
いや、厳密にいうと、美男子と呼ばれるルックスでこの手の仕事を引き受けてくれそうなのは、アフロディーテしかいない。
サガも顔は整っているが、間違ってもCMには出ない。
「本当に誰なんだろうね?」
瞬が首を傾げたその時。テレビのニュースがCMに入った。
その時三人は、今の話題の答えを得る。
『1Rose、Love at the first sight 一目惚れ。
(美男子から差し出される1本の赤い薔薇)
3 Roses、I love you. 愛しています。
(美男子から手渡される3本の真紅の薔薇)
108 Roses、Please marry me! 私と結婚してください。
(両手に抱え切れないの真っ赤な薔薇の花束を抱える美男子)
999 Roses、Everlasting and Eternal love. 永遠の愛。
(絶え間なく美男子に注ぐ、赤い薔薇の雨)
薔薇の花束よりも、永久なる誓いはダイヤモンドで』
謎の美男子は、シチュエーションに合わせた本数の薔薇の花束を、テレビの向こうの相手に渡す役所だった。
カメラ目線で薔薇の花束を渡してくれるものだから、映像を見ている人間は、美男子から薔薇の花束を受け取るバーチャル体験を味わうことになる。
「……これって、あの人だよねぇ」
CM終了後、ポソッと呟く瞬。目が点になっている星矢。状況がよく飲み込めていない邪武。
星矢は幾度か視線を泳がせながら、今のCMに登場していた美男子について考える。
自分の見た物が間違いであればいいと、そう願っているような表情だった。
邪武はジャンプをテーブルの上に置くと、やや戸惑うような口調で、
「俺、白銀聖闘士の知り合いあんまり居ないから見間違いかもしれないけど……」
言葉に、迷いが見て取れる。
「アレって、蜥蜴星座のミスティだよな?昔、星矢の前でスッポンポンになった奴」
嫌そうに顔を見合わせる、星矢と瞬。ああ、自分たちが見たものは、間違いではなかった。
なんだか、とても嫌なものを見てしまった気分になるのは、何故だろう。
朝からミスティの顔を見てしまった星矢は、海岸でのあの思い出が脳内に激しくフラッシュバックし、学校に行くのが嫌になってしまった。
(フラッシュしたのはミスティの股間だろうと言った奴は、多分星矢に彗星拳を食らう)
あのミスティをお姫様抱っこしてしまった過去は、サガに頼んで異次元の彼方に吹き飛ばしてもらいたい。そう切願する星矢である。
「……悪ィ、瞬。俺今日学校休むわ」
スポーツ新聞を置いて、立ち上がる星矢。そのまま部屋から出て、二階に上がって行く。
「え、ちょっと待ってよ、星矢!」
慌てて声をかける瞬だが、星矢には届いていないらしい。
「……仕方ないなー」
困ったように呆れたように、瞬は整った顔を顰める。
彼は星矢のように、ミスティがスッポンポンでナルシズム全開な台詞を吐いている場所に出くわさなかったので、友人ほどのトラウマは抱いていない。
ただ、後ほど話を聞いて、
「そこにいなくて、本当よかった」
と心底思ったことは確かだった。
「星矢は変なところでメンタル弱いからなぁ」
口の中で呟いた瞬は、側に置いてあった学生鞄を持つと邪武に告げた。
「そろそろ学校に行こうか、邪武」
さて、二ヶ月前。教皇の間で何があったか。アフロディーテが教皇に献じた妙案とは。
「美男子と呼んでも、何らおかしくない人材を派遣すればよろしいのです」
アフロディーテがシオンから見せられたCMの企画書には、
『目の覚めるような美男子が、本数の意味に合わせて薔薇の花束を贈る』
と書かれていた。
薔薇の似合う美男子ということで、自分に白羽の矢が立てられたのだろうが、アフロディーテはそんなCMに出る気などさらさらなかった。
……ならば。
「で、お前は誰を推薦する気だ?」
アイオロスが訊ねると、アフロディーテは薔薇も色褪せてしまうような笑みを浮かべたまま、
「白銀聖闘士、蜥蜴星座のミスティを」
ぽかんと呆けたような顔で、アフロディーテの綺麗な顔を眺める3人。
「あの、ミスティをか」
長い沈黙の後、ようやく絞り出させたかのような声でシオンが呟く。
アフロディーテは長い蒼金の髪を緩やかに揺らして頷くと、
「あの者は自分の容姿にかなりの自信があるようですし、一度このような仕事を任せてもよろしいのではないでしょうか?」
「まぁ、彼も『顔』は綺麗だからな」
アイオロスはそうひとりごちると、優秀な同僚に向いた。
「サガよ、お前はどう思う?」
「アフロディーテの代役には少々力不足というか、容色不足なのは否めんが、世間一般では十分合格ラインだろう」
「それもそうだな」
そうだ。アフロディーテと比べるから霞んでしまうだけで、ミスティも結構な美男子ではあるのだ。
……ナルシストでストリーキングな点が、かなり問題だが。
二人の部下の反応から、シオンは決断を下す。
「よかろう。ミスティに一任するとしようぞ」
二時間後。ミスティは白銀聖闘士なので教皇の間には招かれず、聖域内にある駐屯所でアイオロスとサガの訪問を受けた。
「……と、こういう話があるのだが、引き受けてくれるか?」
一通り説明したサガは、顔も実力も白銀聖闘士の中では飛び抜けているが、この性癖からイロモノの印象が強いフランス人に尋ねる。
だがサガは、その問いかけをしたことを1.5秒後に後悔した。視線の先で、ミスティが妙な小宇宙を発しながら大笑いしているのだ。
まるで、黒くなった際の自分のように。
「ハハハハ!アフロディーテ様が!?私にモデルの仕事を任せたいと!?アフロディーテ様直々に!?」
狂ったように笑っている。それは勝利を確信したものの笑い。
あの、天と地の狭間に輝きを誇る美の戦士が、美男子が抜擢される仕事にこのミスティを推薦したと!
作品名:Jewelry Angel 作家名:あまみ