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子羊二匹

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今胸の中にある想いをぶちまけたら、さらに声を上げて泣いてしまいそうになる。
そんな孫弟子の様子を察した教皇は、白い優美な手で貴鬼の癖っ毛の頭をポンポン叩いた。
「懸命に作業した事は認めて欲しかったと申すのであろう?ムウもお前が全力を尽くした事くらいわかっておるよ。
だがな貴鬼よ、我々修復師は聖衣を元のあるべき姿に修復するのが一番の使命。それをわかっておるか?」
「……はい」
蚊の鳴くような声。
「全力を尽くしても足りぬ箇所がある故、ムウはお前が次に留意すべき事を伝えるため、お前に厳しく申したのだ。
我々の仕事は結果が全て。未完成なものを手渡し、それが原因で惨事が起こっては、後悔してもし切れまい?」
茶を一口飲むシオン。貴鬼はその横で茶の湯気を顎に当てながら、シオンの話を黙って聞いている。
目が真っ赤なのは、泣くのを我慢しているためかもしれない。
「ムウがお前に厳しい事を申しても、それはお前を憎く思っておるからではない。
お前に聖衣を纏うにふさわしい立派な聖闘士、立派な修復師になって欲しいとの思いからなのだ。
ムウがお前を大切に思っておる事は、お前自身が一番よくわかっておろう?」
「ムウ様……」
シオンの言葉を受け、貴鬼の脳裏にムウとの毎日が甦る。
日々の厳しい修行。
ジャミールでの、そして聖域での生活。
ムウはいつだって、自分が立派な聖闘士になる事を考えていてくれたではないか。
『貴鬼、よく頑張りましたね』
初めて聖衣の墓場から聖衣をサルベージした時、そう言って誉めてくれたではないか。
『今日はお前の誕生日なので、ケーキを焼きましょう』
4月1日には、毎年ケーキや料理を手作りして、祝ってくれたじゃないか。
……ムウ様は、こんなにオイラを大切にしてくれていたのに。
「……シオン様」
「何だ」
「オイラ……オイラ……」
大きな目から再びこぼれる涙。だがそれは、先程の涙とは違っていた。
わがままで泣いている涙ではない。
後悔の涙である。
「オイラさっき、ムウ様にひどい事を言っちゃいました。ムウ様に向かって、『ムウ様のバカ!』って……」
「ほぉ」
それはシオンも聞いていた。
貴鬼がムウに向かって『バカ』と言ったのは、シオンの知る限りこれが初めてかもしれない。
「ムウ様にオイラ、ひどい事を言っちゃいました……どうしましょう、シオン様……」
カップを持ったまま、鼻水を垂らして泣き始める。
シオンは貴鬼の手からカップを引き抜くと困ったように笑い、空いた手で栗色の癖っ毛の頭を撫でてやった。
『まったく、色々と手がかかる』
ムウが黄金聖闘士の資格を得たのは、7つになるかならないかの頃だった。
今の貴鬼とさほど変わらぬ年である。
『あの頃のムウは、どうだったであろうか』
まだ幼かったムウを思い出してはみるが、自分の厳しい修行に唇を噛んで必死に耐えていた姿ばかり浮かんでくる。
その当時、ムウには自分しか居なかった。
牡羊座の黄金聖闘士になる事が、幼いムウの全てだった。
『よく耐えて、ついてきてくれたな……』
ムウはシオンの前では『修行が辛い』事で泣いた事はなかった。
もしかしたら、自分のいない間に…辛いと密かに泣いていたかもしれないが。
そのような事を、横で泣きじゃくっている貴鬼を見ながら思う。
シオンはクローゼットの中から予備の毛布を取り出すと、ぐずぐず泣いている貴鬼に思い切りかぶせてやった。
「わぷ!」
教皇の奇襲に泣くのをやめ、慌てて毛布の中から顔を出す貴鬼。
泣き濡れた顔にはきょとんとした表情が浮かんでいる。
「シオン様?」
「今ムウと顔を合わせるのが辛ければ、今宵はここで休んで構わぬ」
シオンは二階の部屋で一人で寝ているが、ムウと貴鬼は一階の寝室を二人で使っている。
そのため、どうしても就寝時に顔を合わせてしまう事になる。
あんな事があった後ではムウと同じ部屋で眠るのは気まずかろうという、シオンなりの配慮であった。
シオンのベッドはダブルなので、子供と一緒でも十分眠れる。
「シオン様……オイラ……」
まだ何か言いたそうな貴鬼に、シオンは教皇としての口調を作ると、
「一晩休み十分頭を冷やした後、明朝ムウに暴言を詫びよ。よいな?」
「……はい、シオン様。おやすみなさい」
毛布をかぶり、ベッドの端で目を閉じる貴鬼。
スースーと穏やかな寝息が毛布の中から聞こえ始めた頃、シオンはドアに向かって声をかけた。
「もう眠った故、入れ」
「失礼します、シオン様」
ドアが開き、寝間着姿のムウが入室する。その顔色はこころなしか芳しくない。
シオンはもう一度電気ポットに手を伸ばすと、愛弟子のために茶を入れた。
「飲むがよい」
「ありがとうございます。シオン様にお茶を入れて頂くなんて、子供の頃を思い出しますね」
そう言ってムウは笑った。自分のカップにも茶を満たしたシオンは一口すすりながら、
「随分と率直に申したようだな」
「ええ。とてもではないですが、納品できるような代物ではありませんでしたので」
「確かにな」
仕上がった紫龍の聖衣がどんなものであったか、工房に置いてあった完成品をシオンもチラと見たが……
もしムウがアレをやらかしたのであれば、卓袱台返しでは済まさないところではある。
「まだ……技術もまだまだ足りぬが、気持ちの問題もあるやも知れぬ。自分が最善を尽くしたら、それでよいと考えておる節がある。
己の技術を磨くには、最善を尽くすのは当然。その最善を上回ろうとする向上心や研究心、鍛錬する心が何よりも必要なのだがな」
「それ、シオン様に何度も言われましたよね。後は『聖衣の声を聞け!』でしたか」
「ああ、よく覚えておるな」
「毎晩毎晩言われましたからね。修復の修行を始めた頃は叱られてばかりでした。
毎日のようにダメ出しばかりで、シオン様の居ないところでよく泣いていましたよ」
懐かしそうに、ムウは目を細める。
師が入れてくれた茶の香りには、昔を思い起こさせる作用でもあるのだろうか。
シオンは苦笑いしつつ、
「それでも、お前はよく私の修行に耐えたな」
「……あの頃の私には、シオン様しかありませんでしたから。
ですので、どんなに辛く苦しくても、私はシオン様の元で修行し、聖闘士になるしかありませんでした」
「……そうであったな」
ムウは物心つく前にシオンに引き取られ、聖闘士になるための訓練を受けた。
幼くして黄金聖闘士になるほどの才能の持ち主だったムウだが、
その才能を開花させるためには文字通り血を吐くほどの厳しい修行が必要であった。
「何度も『私はここで死んでしまうのか』と思いましたよ。いつでしたか。
ひどい修復をして、墓場の崖から突き落とされた時は、さすがに死を覚悟しました」
「だがお前はあれで第七感に目覚めたのであろう。
お前に第七感を習得できる才能があったのはわかっておったが、如何せんきっかけがな……」
「一種のショック療法ですか」
「そうやもしれぬな」
「ですが、子供を崖から突き落とすのは、羊ではなく獅子ではないでしょうか、シオン様」
「ふむ。では近々アイオリアを落とす事を検討しよう」
「それは楽しそうですね」
物騒な事を言い合って、二人は笑う。
作品名:子羊二匹 作家名:あまみ