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溺れる人魚

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屋敷内は攻撃的小宇宙で満ちていた。
「これはまぁ、随分と……」
これじゃソレントが俺を呼びにくるのも仕方ないか。
口の中で独語するカノン。
16歳の少年では、ブチ切れた女性の相手をするのは少々荷が重い。
皮膚に触れれば火花が弾けるような、そんな緊迫した空気がカノンを襲う。
階段を上がり、テティスとジュリアンの小宇宙を感じる場所に向かう。
「う」
流石のカノンも、思わず小さく声を上げる。まるで可燃性のガスの中に居るようだ。
目的地に辿り着くと、小宇宙を燃やし髪を逆立てているテティスが、相変わらず笑顔のままでいるジュリアンに詰め寄っている最中だった。
『あ~、こりゃ修羅場だな』
カノンは心の中でそう思った。
テティスは鬼の形相でジュリアンと対峙し、唾が飛ぶような激しい口調で、
「ジュリアン様、今日という今日は我慢できません!」
「テティス、落ち着いて下さい。あまりヒートアップしたら、皆が驚きますよ」
ジュリアンは、笑顔だ。
よくあの尖った小宇宙の中で笑顔でいられるものだと、カノンは感心する。
流石はポセイドンの依代と言うべきか。
こつこつと靴を鳴らして近付くカノンに気付くと、ほんの少しだけジュリアンの体の力が抜けた。
表面上は笑顔を浮かべているが、この攻撃的小宇宙の中では並の人間では正気を保っているだけでも難しい。
聞こえてくる靴音にテティスは、ゆっくりと肩越しに振り向く。
カノンの姿をその瞳に映した途端、一層小宇宙が高まる。
高まった小宇宙はトルネードと化し、テティスの髪を逆立たせる。
「おーお」
廊下で渦巻く闘気に、カノンは短く声をあげた。
怒りで我を失っている彼女には、ジュリアンがどんな状態でいるのか全く眼中にない。
「カノン!貴様、ここへ何をしに来た!」
詰問する人魚に、カノンは軽く肩を竦めながら、
「お前がジュリアン坊ちゃんを悩ませていると報告があったから、様子を見に」
テティスを責めるニュアンスを極力抑え、あくまでも淡々とした口調を心掛ける。
少しでも非難がましいことを言ったら、事実そうだとしてもテティスはますます逆上する。
女という生物は、全くもって面倒くさい。
ジュリアンの名が出た途端。テティスの表情がほんの一瞬だけ変わる。
ただ、それは本当に刹那だったので、どのような変化かはよくわからなかったのだが。
「私が、ジュリアン様を困らせている?」
険のある口調だ。
カノンは小さく頷くと、目の前のメイド服を着た人魚にジュリアンをよく見るように告げた。
「ジュリアン坊ちゃん、顔は笑っているけれど体は相当強張っているぞ。今はポセイドンの魂は眠っていて、坊ちゃんは一般人なんだ。あまり攻撃的な小宇宙をぶつけてくれるな」
カノンの言葉に反発しようとしたテティスであったが、突っかかろうとした時……
ジュリアンの困ったような笑顔が瞼の裏をかすめる。
怖ず怖ずとジュリアンに向くと、ジュリアンは笑っていることは笑っていたが、笑顔はどこかぎこちなく、身体も全身に力が入っている。
猛烈な強風の中で、踏ん張って立っている様に似ていた。
……先程までは、全然気付かなかったのに。
テティスの攻撃的小宇宙が、急速に萎えしぼんでいくのがわかる。
力なく床にしゃがみ込んだテティスを無表情で見やったカノンは、ジュリアンに訊ねた。
テティスがキレるのは毎度のことにしても、今回は少々険し過ぎる。
「坊ちゃん、一体何があったんですか?」
テティスにわからぬよう、早口の英語での質問。彼女はギリシャ語とデンマーク語しかわからないのだ。
するとジュリアンは肩の力を抜いた後、ギリシャ語訛りのフランス語で、
「テティスは一応、私の秘書役のようなこともしていますよね?」
「ああ」
「けれども、仕事などの兼ね合いがあるため、私の正確なスケジュールを知っているのは、カノン。執事の貴方だけです」
ジュリアンは仕事上、少々危ない地域を訪問しなければならない時もある。
そのために銀河を砕くほど強いカノンが、ボディーガード兼執事でジュリアンに仕えているわけだが。
ジュリアンの身の安全を何よりも重んじるテティスは、ジュリアンが危険な仕事をやることには賛成しておらず、主君からその地域への訪問を告げられた際、烈火の如く怒った。
そしてテティスは何としてでも阻止しようとしたのだが、たまたま屋敷に居たアイザックに取り押さえられ、ジュリアンは予定通りに仕事をこなすことが出来たのであった。
それ以降、ジュリアンはテティスに自分の全てのスケジュールを伝えなくなった。出張先を聞いて行くの行かせませんの始まったら、仕事が進まないからだ。
それなので、ジュリアンの『正確』なスケジュールを知っているのは、ジュリアン本人とカノンのみになってしまった。
カノンはジュリアンから予定を聞くと水面下で人員の手配をし、ジュリアンが円滑に仕事を進められるよう準備をする。
また次元を操る力を持つカノンは、ジュリアンがテティスに知られずに屋敷を脱出したい際にも、大いに役立った。
カノンの技を使えば、部屋の中からでも外出が可能なのだから。
けれどもテティスには、それが気に入らない。
元々カノンは一連の騒ぎの張本人で元凶だ。それなのに、ジュリアンに重用されている。
非常に、気に入らない。
そんな感情が積もりに積もっていったテティスは、段々と気持ちのコントロールができなくなっていた。
そして、今日。
私室から出てきたジュリアンを、彼を探していたソレントはこれ幸いと呼び止めた。
「ジュリアン様、今日のご予定はどうなっていますか?」
「ああ、私よりカノンに訊く方が早いかもしれませんね。恥ずかしい話ですが、私は最近自分のスケジュールを把握していないのですよ。事前にカノンに話しておけば、後は彼がやるべきことを教えてくれるので。とても有能ですね、彼」
「へぇ……」
驚いたように目を丸くするソレント。
あの悪ガキめいたおじさん(ソレントから見れば)に、それほどまでの実務能力があるとは思わなかった。
まぁ、冷静に思い返してみれば、海闘士時代はポセイドンが眠っているのをいいことに、他の海闘士たちを指揮していたのだ。能力は元々高いのである。
「でも意外ですねぇ。あのおじさんがそんなに真面目に働いているだなんて」
何度も目を瞬かせるソレント。ジュリアンはほんの少しだけ苦笑いすると、
「彼の兄は聖域の執務室に勤務しているそうなのですが、教皇やサオリから一目置かれるほど有能だそうです。その兄君に対する対抗心もあるかもしれませんね。カノンは妙なところで負けず嫌いですから」
「へぇー」
ぽわわんとしたところのあるジュリアンだが、海運商としてソロ家を取り仕切っているだけあって、人を見る目はそれなりにあった。
「過去に色々ありましたが、私は彼を信頼していますよ」
……丁度ジュリアンがそう口にしたタイミングで、テティスが二人の前に登場してしまった。
彼女はジュリアンのためにお茶の支度をしてきたのだが、愛すべき主君のその言葉を聞くと、トレーをガチャンと床の上に落とし、ワナワナと唇を震わせた。
ロイヤルコペンハーゲンのティーセットの破片とアッサムの茶葉が、廊下に散らばる。
作品名:溺れる人魚 作家名:あまみ