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あいつはそれを理解できず、そいつはそれを我慢できない

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ムウにしては珍しい、つっけんどんな物言いである。
ついつい苦笑するミロ。
ムウの機嫌が悪いであろうことはある程度予測していたが、ここまでだったとは。
「なぁ、ムウ」
「何ですか。今忙しいのです。用事がないのなら、さっさと天蠍宮に帰って寝て下さい。明日の朝、シオン様に叩き起こされますよ」
話しかけるなという威圧的な小宇宙が、全身から噴き出している。
ミロは苦笑いしつつため息をつくと、
「用事があるから、白羊宮まで足を伸ばしたんだろうが」
「ならば、さっさとおっしゃって下さい」
オリハルコンの調合が終わったようで、粘土状になったそれを聖衣に塗りたくっている。
だが、なかなか作業が進まない。
見た目よりも遥かに難しい作業のようである。
「今、貴鬼を天蠍宮で預かっている」
「ああ、そうですか」
けんもほろろな返事だ。だがミロは怯まずに、
「事情は聞いた。お前の気持ちもわかるがな……」
テラスに面したドアを開き、工房の中に入るミロ。
ムウの工房は真夜中にもかかわらず、煌煌と灯りが灯っていた。
ムウは一瞬手を止めかけたが、すぐに作業を続けた。
他人に構っている時間などないと、言わんばかりの態度である。
「……人の話くらい、聞けよ」
「貴鬼から話を聞いたなら、私が何故この作業を急いでいるかおわかりになるでしょう?」
ムウの言葉に、日頃の優雅な余裕がない。
……大事なものを壊されて腹を立てている子供のようだと、ミロは思う。
「だからって、ああいう対応はどうかと俺は思うのだがな」
「師である私の言いつけを破ったのですよ?破門でもおかしくないくらいです」
「……あのなぁ」
知り合って少なくとも13年は経つが、言葉尻にこんなに感情を滲ませているムウを、ミロは初めて目にしたかもしれない。
ああ、こいつにもこういう面があったのだな。
いつもいつも冷静な顔で周りの聖闘士たちと接しているが、こういう実年齢よりも幼いような部分も、ごくわずかだが持ち合わせていたとは。
今のムウは、親から預かった大事なものを弟に勝手にこねくり回された子供だ。
ただムウ自身、自分の心の中に渦巻いている激しい感情の正体をわかっていないのだろう。
何せ彼は、感情というものを凍らせ、心に沈み込ませて、ジャミールの山奥で一人、貴鬼に出会うまでは一人で生きてきた。
最愛の師を聖域内のクーデターで失ったのだ。
幼いムウは、感情を凍らせなければ生きていけなかったのだ。
『こいつも器用そうに見えるけど、対人関係になると……本当に不器用なヤツだからなぁ』
他人に対する敬語は、人間関係を上手に作れなかった時の名残だ。
それに気付いているのは、頻繁に白羊宮に出入りしている人間くらいだろうが。
ミロはツカツカと、ムウの元へ歩み寄る。
その気配を感じたムウは、相変わらずの尖った口調で、
「ミロ、私の言ったことが聞こえなかったのですか?」
「聞こえている。白羊宮に用事があるんだって」
「こんな夜中に、何の用ですか」
もう既に質問ではない。詰問になっている。
ああ、こいつ相当キテるな。
ムウの今の心理状態を正確に把握したミロは、祭壇星座の聖衣の上に左手を掲げる。
その様子を見て、さすがに作業の手を止めるムウ。
一体ミロは何をやろうとしているのか。
「ミロ、貴方」
訝しさと警戒心が5:5の割合でミックスされたムウの声。
ミロはフッと鼻で笑うと、
「日頃飯を食わせてもらっているからな。たまには借りを返さんとな」
言い終わったか終わらないか、右手で左手首をかっ切るミロ。
瞬間、彼の左手首から夥しい量の血が流れ、聖衣に注がれる。
その一連の動きを、呆然と見つけるムウ。
何故このようなことが起こったのか、何故こうなったのか、理解できていないような表情だった。
「ミロ、貴方……何をしているのです」
あまりのことに、棒読みでそう問いかけるのが精一杯だった。
ミロは自分の血が流れる様を淡々と眺めながら、
「死にかけた聖衣にも、聖闘士の血は有効だろう?」
「え、ええ……生命力を血液から貰う形ですから」
新人のショップ販売員が、お客から商品の説明を求められた際のリアクションのようだと、ミロは考えた。
ムウがハウスマヌカンの店員になった姿を想像し、プッと噴きそうになる。
ああ、似合わない。
なんて店員が似合わないんだ。
やっぱりこいつは、エプロンをかけて聖衣を修復する方が似合っている。
手首から血を流しながらも噴き出すミロの神経がわからなくて、ムウは不審そうにその丸い眉を顰める。
下手をすれば死んでしまうのに、何を笑っているのだ、この男は……。
「なぁ、ムウ」
「何ですか」
「俺の血に免じて、明日貴鬼が戻ってきても……怒らないでやってくれないか?」
あまりにもさらっとした口調だったので、ムウは同僚が何を言い出したか、瞬時には理解できなかった。
「……貴方、今なんとおっしゃいましたか?」
「貴鬼を怒らないでやってくれって言ったんだよ」
ミロの逞しい手首から、流れ続ける紅い血。
工房内は生臭い鉄の匂いに満たされる。
「……ミロ、どうしてそのような事を」
さっきからミロに質問してばかりですねぇ。
脳の下の方でもう一人の自分が自嘲じみたつぶやきを漏らしているような気がしたが、ムウはその声を無視し、ミロの精悍な顔をじっと見つめている。
するとミロはその視線を受け止めたまま、穏やかな声で答えた。
「あいつが反省して大泣きしてたからだよ」
貴鬼はあの聖衣がシオンの師のものと知り、自分の行動をひどく悔いていたという。
「反省しているヤツにとどめ刺すような事するなよ。俺だって、カノンにはアンタレス撃ち込まなかったぞ」
「しかし、ミロ。先程も申し上げましたが、あれは私の弟子でありながら、私の言いつけを破ったのですよ」
白い頬がやや紅潮している。
見た目以上に、ムウは興奮してるのかも知れない。
いつものムウならば、ミロなんて軽く言い負かしているのに、今夜は相手に押され気味である。
やはり、今夜のムウは、いつものムウではない。
「ならばムウよ。どうして、聖衣が……貴鬼に扱えるような代物でないって教えておかなかったんだよ」
「………………」
反論できないムウ。
ミロの指摘は、正しかった。
始めから聖衣の内部がスカスカになっている事を見せて、貴鬼に扱えるものでない事を知らせるべきだったのだ。
それなのに、そうしなかったのは……。
「……教皇の事を独占したいって、どっかで思っていたんじゃないか?」
「………………」
「教皇の大事なものを他の人間に触らせたくないって、無意識のうちに考えていたんだろ」
「………………」
ムウの視線が、床に落ちる。
唇を動かしてはみるのだが、言葉にならずに虚空に消える。
何か言い返したい。
しかし、言い返す言葉が見つからない。
そんな様子だった。
「……まさか、貴方に反論できない日が来るとは思いませんでしたよ」
たっぷり1分は無言状態だったムウは、右手を伸ばすとミロの傷口に触れた。
流血が、ピタッと止まる。
「……ムウ」
「この程度の破損でしたら、これで十分です」
顔を伏せたまま、ムウは告げる。
今、どんな表情なのか。