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兄さんの秘密

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「……馬の出産、だと?」
教皇の間から帰宅したシオンは、愛弟子から昼間のアイオロスの件について報告を受けていたのだが、ムウの口から出た予想せぬフレーズに、少々顔を強張らせた。
「どういうことだ、それは」
「状況証拠しかないですから、私も100%断言できないのですけど」
ムウはこう前置きしたが、語り口は確信に満ちていた。
「アイオロスの体に、土や泥、血、そして麦藁の破片や動物の毛がそれなりに付着していました。狩りでは麦藁の破片は体に付きませんから」
「随分と疲れておったと聞いておるが」
「お産は長丁場ですからねぇ。安産ならばいいのですけれど、難産の場合、見守っている方が酷く摩耗するものです」
特に逆子だった場合、厄介なんですよねぇ。
自分の法衣をハンガーにかけながら語る弟子を、シオンは不思議そうな目で見つめる。
何故此奴は、斯様に馬の出産に詳しいのだ。
教皇の背後に、そんな文面が浮かんでいる。
するとムウはそれを読んだか如く、
「ジャミールに隠遁している頃、近くの村のお産を何度か手伝ったのですよ」
涼しい顔だ。貴鬼は大きな目を大好きな師匠に向けると、
「えー?でも、そんなのオイラ知りませんよ!」
「お前を弟子に取る前の話ですからねぇ。まだ私が十代前半の頃ですよ」
「ほぉ」
「ふーん」
二者二様の反応を見せる、教皇とオマケ。
こうして一緒に暮らしていても、まだまだ知らないことがあるものである。
と、台所からチーンと音がする。
何かと思ったら、ムウがオーブンでホットサンドを焼いていたようだ。
芳香を漂わせるそれをオーブンから取り出したムウは、軽く手で扇いで湯気を飛ばすと貴鬼に命じた。
「貴鬼、夕食前の軽い修業です。これをアイオロスのところへ届けてきて下さい」
師の命令に、これから人馬宮まで行くのか……と、陰惨たる気持ちになった貴鬼だが、この師匠の言う事を聞かない方が何倍も『おっかない』。
なので素直に返事をすると、ムウの渡したバスケットを持って十二宮の石段を駆け上がっていった。
「……ざっと、一時間といったところでしょうね」
弟子の背中を見送りながら、そう見積もる。そして居間のソファで新聞を読む師に、詫びるように頭を下げた。
「シオン様、申し訳ありません。貴鬼が戻ってからになりますので、夕飯が遅くなります」
「まぁ、それも仕方あるまいな」
苦笑いするシオン。畳んだ新聞をテーブルの上に放ると、立ち上がる。
「ならば夕餉ができるまで、二階で書面でも片付けておるわ。準備ができ次第、呼べ」
「はい、シオン様」
シオンは右手をひらひらと振りながら、二階の自分の部屋へ下がる。教皇という立場上、処理すべき書類は常にたまっている。
「さて、と」
両腕を上げ、背筋を伸ばすムウ。
夕食の支度は済んでいるので、貴鬼が戻るまで明日の食事の仕込みをすることにしよう。
「ハンバーグでも作っておきましょうか」
冷蔵庫の中には、まだ挽肉が入っているはずだ。

子供の貴鬼が十二宮を短時間で移動する場合、連続テレポートを用いる。
十二宮内は女神の小宇宙で満たされており、宮を飛び越えてのテレポートはできない。
しかし、一定の距離ならばテレポートで飛び越えることができるので、目的地に着くまで何度も何度も繰り返す。
ただ、連続してのテレポートはまだまだテレキネシスが未熟な貴鬼にはかなりしんどく、人馬宮に到着する頃にはもうへとへとになっていた。
「ひぇ~~」
所要時間、片道20分。
あまりにもくたびれて、アイオロスの部屋の前でぺったんと座り込む貴鬼。
ここまで全速力で走ってくるのと連続テレポート、どっちが早くて楽なのだろうかと、時々思う。
「ああ~、ムウ様やシオン様みたいになれるまで、後どれくらいかかるかなぁー」
頼りになる師匠たちは、聖闘士きってのテレポートの達人である。あの域に到達するまで、どれほどの修業が必要なのやら。
「まだまだ修業しないとなぁ~」
先々のことを考えると、何となく気分が重い。
だが、未来を考えため息を付く前に、まずはムウから預かったホットサンドをアイオロスに渡さねば。
「アイオロス、起きてる~?」
バスケットを抱え直し、貴鬼は人馬宮のドアを開いた。
この人馬宮、横にある通用口から居住スペースに入らないと、地獄のアスレチックが待っている。
アイオロスは起きていた。血色はまだ少々悪かったが、それでもサガたちがのぞきに来た頃よりは回復している。
「入るねー」
寝室へ続くドアを開ける貴鬼。
その大きな目には、ベッドの上で半身を起こすアイオロスの姿が映った。
「あ、起きてたんだ」
「おお、貴鬼か」
物柔らかく笑ってみせるアイオロス。目の下には隈が浮かび、頬も心なしか痩けている。
こんな顔で倒れていたら、行き倒れと言われても仕方ないかもしれない。
「どうしたんだ。お前が人馬宮に来るなんて珍しいな」
「うん。ムウ様がホットサンド作ったから、アイオロスに食べてもらえって」
胸の前で大きなバスケットを掲げてみせる貴鬼。藤製の大きな蓋付きバスケットからは、食欲を刺激するそれはそれは芳しい香りが漂っていた。
キュルルルル…と、アイオロスの腹が鳴るのも、その香りを嗅いでは仕方あるまい。
「じゃぁ、ご馳走になろうか。貴鬼、隣の部屋に置いてくれ」
「は~い」
バスケットを置いて白羊宮に戻ろうとした貴鬼だが、自分の師の推理を思い出して、アイオロスに訊ねてみた。
「ね、アイオロス。馬のお産はどうだった?」
「え?」
笑っていたアイオロスの顔が、強張る。明らかに図星を突かれたといった表情である。
貴鬼はそれを見たら途端に面白くなってしまい、ニヤニヤとチェシャ猫笑いをした。
「やっぱり~、そうなんだ~」
「ううう……」
アイオロスは何をどう話そうか、頭の中で思案を巡らせているようだった。
「……どうして私が、馬の出産に立ち会ったと……」
「体に泥とか血とか藁とか毛が付いてたから。
ムウ様、何度か馬のお産に立ち会ったことがあったんだって」
「……そうか」
頭を抱えるアイオロス。
ああ、教皇にこんな事のために、馬のお産のために執務を休んだとバレた。どうしよう。さて、どうしよう。
小僧クラッシュ一発で許してもらえるだろうか……。
ベッドの上で悶々とするアイオロスを見た貴鬼は、ムウが自分を人馬急に遣いにやった理由を悟った。
「ねぇ、アイオロス」
「何だ。バスケットを置いたら、帰っていいぞ」
アイオロスの目が死にかけている。シオンから咎を受けることを恐れて、全身から生気が抜けている。
『シオン様、部下にはおっかないっていうけど、アイオロスのこの様子を見てると本当なんだろうなぁ』
自分にはいつも優しいおじいちゃんなので、怖いシオンが全然想像つかない。
貴鬼はアイオロスの言葉にフルフルと首を振ると、ベッドサイドにあった椅子に腰掛ける。
「アイオロスみたいな真面目な人が、お仕事休んでまでお産に行くなんて、何かあったんでしょ?オイラ、シオン様に話しておいてあげるから!」
「……貴鬼」
ここでアイオロスも、ムウが弟子をここに来させた本当に理由に気付く。
シオンは貴鬼に甘い。どうしようもなく甘い。叱るべきところは叱るが、それでも甘い。
作品名:兄さんの秘密 作家名:あまみ