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翌朝5時。
いつも通りに目覚めたシオンは、貴鬼を起こさぬようにベッドから抜け出ると、身支度を始める。
この時間に起床後、アテネ市内に散歩がてら新聞を買いにいくのがシオンの習慣であるが。
その日に限り教皇は、散歩に行こうとはしなかった。
足音もなく階下に降り、一階にあるムウたちの寝室をのぞく。
無音でドアを開け静かにムウのベッドに寄ると、枕元に腰掛ける。
ムウは眉間に皺を寄せて、やや苦悶の表情を浮かべて眠っていた。
白い肌に、脂汗が浮き出ている。
「やれ、困ったものよ」
修復師とは思えないような優美な指が、額に貼り付いたムウの髪をかき分ける。
「私はここに居るよ。何を苦しんでおるのだ?」
優しい口調で囁くと、小さくムウがうめく。
その後ゆっくりと瞼が開き、焦点の定まらない瞳がシオンの顔を映す。
「……シオン様?」
子供のような口調だ。シオンは大きく頷く。
「ああ、私だ。教皇であり、お前の師であるシオンだ」
「よかった……生きてらっしゃった……」
消え入りそうな声で呟いたムウは、今度は安心し切ったように眠りに就く。
先程の苦悶の表情とは打って変わった、とても穏やかな顔で。
シオンはもう一度ムウの顔を撫でてやると、室内に置かれていたエプロンを手に取る。
そしてこともあろうに袖を通すと、腰のあたりで紐を結び始めた。
なんと!教皇シオンがエプロンを身に着けているではないか!
現場を見ていない人間が聞いたら、冗談としか思えないようなシチュエーションだ。
シオンは癖のある髪も紐でまとめると、
「どれ、師の腕前をとくと見せてやろうぞ」
と、若き頃のように笑った。

どこかからフワフワと、いい香りがする。
鼻孔をくすぐる食欲を刺激する香り。
水面近くにまで浮き上がってきた意識は、その香りのおかげで眠りの海を抜け出す。
「……この香りは……」
ムウは懐かしい香りに、胸の奥を指二本でつままれたような感覚を覚えた。
忘れるはずはない。
この香りは……。
ガバリと身を起こしたムウは、カーディガンを羽織って寝室を出る。
貴鬼が居ないところを見ると、昨夜はシオンの部屋で眠ったのだろうか。
「……ほぉ、起きたか」
台所からシオンの声がする。
ムウは案の定ではあったけれど少々驚いたような顔をして、子供のような口調で言った。
「シオン様がおさんどんをなさるなんて、明日は槍でも降るかも知れませんね」
「阿呆。ならばお前の修業時代は、頻繁に槍が降っておろうが」
「ふふふ、そうでしたねぇ」
台所のダイニングテーブルに腰掛け、師の料理する姿を微笑みながら見つめるムウ。
いつも家事の全てをムウに任せているシオンだが、ムウが幼い頃はシオンが食事やら洗濯を行っていた。
ムウがあまりにも幼かったので任せておけないというのはあったにしても、仮にも教皇なのだから、命じればいくらでもやってくれる部下が居ただろうに。
シオンはムウの前では、きちんと家事をこなしていた。
まるで、ムウに手順を教えているかのように。
「シオン様がおさんどんできると知ったら、アイオロスやサガはさぞやビックリするでしょうねぇ。シオン様はあまり料理をされる感じではありませんから」
二人きりでジャミールの館で暮らしていた頃、ムウはシオンの料理を食べて育った。
「今日は随分と饒舌よな、ムウ」
フライパンの持ち手をトントンと叩いて、オムレツを作っているシオン。
聖域の教皇のこんな姿を見たら、部下は皆腰を抜かすであろう。
だがシオンは、慣れた手付きでオムレツを皿に移すと、ガステーブルにかけていた小さな鍋の火を止めた。
「ふむ、久しぶりに拵えたわりには、まぁまぁに出来ておるな」
テレキネシスで鍋を浮かせ、ムウの前に置く。勿論、鍋敷きは忘れない。
先程作ったオムレツも配膳すると、カトラリーの入った籠をムウに渡した。
「朝餉だ。食すがよいぞ」
「私一人で、ですか?」
目を丸くするムウ。シオンは頷くと、
「左様。冷めぬうちに食せ」
師に催促されては、食べぬわけにはいかない。スプーンを手に取ると、鍋の蓋を開ける。
途端、もわっと広がる豊かな香り。
野菜の甘味と旨味が凝縮された香りが、ムウの食欲を激しく刺激する。
鍋の中は、トマトと海鮮のリゾットである。
ムウの顔が、綻ぶ。
「いただきます」
一口掬って、口に運ぶ。
口の中に入れた瞬間から、海鮮の出汁とトマトの旨味、米の甘さが三位一体となって幸せに広がる。
「……やっぱり、美味しい」
早さを増すムウのスプーン。リゾットだけではない。
皿の上で美味しそうな湯気を立てるオムレツも、バターのよい香りを漂わせている。
フォークを入れると、半熟のとろっとした卵が溢れ出る。
中の具は、ハム、ほうれん草にチーズ。卵との相性はバッチリだ。
「美味しい!」
火加減も味付けも、絶妙すぎて腹が立つ。
自分ではこんな美味しいオムレツは、まだまだ作れない。
こういう時、シオン様には敵わないな……と、ムウはほんの少し落ち込んだりもする。
もぐもぐとシオンの作った朝食を平らげたムウは、シオンがまだ流しに立っていることに気付く。
「……何をなさっているのですか、シオン様」
「見てわからぬか?朝餉を拵えておる」
まな板の上で刻んでいるのは、ワカメとジャガイモ。多分、みそ汁の具だろう。
「私と貴鬼の分の朝餉だ」
「私だけ別メニューだったのですか?」
「お前が昔好んで食していたものを出してやりたかった故、あまり気にするでない」
ムウと似たり寄ったりのジャミール服の上からエプロンを身に着け、弟子以上の手際の良さで料理を作るシオン。
ムウはその背中を眺めながら、ほんの少しだけ子供時代に戻ったかのような錯覚を覚えた。
「シオン様」
「何だ」
土鍋を火にかけるシオン。昔からなのだが、シオンは土鍋でご飯を炊く。
「今日はお仕事なのですか?」
「いいや?休みを取っておるよ。先月の日曜に、日本に出張した際の代休だ」
「そうですか。どこかに出掛けられるのですか?」
「出るのも億劫故、家でゴロゴロするか」
「そうですか」
ムウの声に安堵感がこもる。
今日はシオンは一日家に居る。それが、ムウの心を穏やかにさせた。
「さて」
一通り朝食の支度をすませたシオンは手を洗うと、愛弟子の額に手を当てる。
水で冷えたシオンの手は、ひんやりとして気持ちがよかった。
「熱はないようだが、大事あらぬか?今日は私が雑務をこなす故、お前は休んでおれ」
だがムウは、師の申し出に静かに首を振る。
「ですがシオン様、教皇に家事をやらせたとあっては……」
「やらせた、のではない。私が自発的に行うのだ。何の不都合がある」
ポンポンと、子供をあやすようにムウの頭を叩いたシオンは、2階の自分の部屋に貴鬼を起こしに行く。
この白羊宮で起床が一番遅いのは、貴鬼なのだ。
「変な気分ですねぇ……」
台所から去っていく師の後ろ姿を眺めながら、ムウは口の中でぼそっと呟いた。
シオンは昔のように自分を扱っているけれど、現実は昔とは同じではない。
そのギャップが何となく寂しくて、ムウはほんの僅か眉を寄せた。

朝食の片付けが終わった後、シオンはテラスに洗濯物を干している。
作品名:Obit 作家名:あまみ