悩める金獅子
責めるニュアンスを極力出さないようにするため、なるべく淡々とした物言いを心がけた。
事実を事実として語る。それが一番、ダメージが少ないと考えたのだ。
一方アイオリアだが、ムウの言葉を黙って聴いていた。そして徐々に表情を翳らせると、がっくりと項垂れ、
「俺の方法は、間違っていたのか?」
「極稀に、貴方の稽古方法がピッタリな人間が現れるのですけどねぇ。星矢とか」
一応フォローのつもりだったが、あまりフォローになっていないかもしれませんね……とムウは思った。
アイオリアは項垂れたまま、擦れるような小声で、
「皆に誠実であろうと全力で当たっていたのは、間違っていたのか?」
どうしてそういう方向に考えがいくのですか。
内心ムウは突っ込んだが、口に出したところでアイオリアの心にダメージを与えるだけだ。
「貴方が皆に誠実であろうとすることは、間違っていないと思います。
けれども、誠実イコール、自分の全てを見せる、出し切るというわけでもないのですよ」
アイオリアからの返事は、ない。
ムウは空になった皿を流しに運ぶよう貴鬼に命じると、アイオリアに向かって続ける。
「アイオリア、貴方の性格上、皆に対して誠実でありたい、己の全てを出し切りたいという気持ちはわかりますし、貴方がそんな稽古方法で黄金聖闘士になったことも、私は知っています。アイオロスがそんな稽古しかつけてこなかったのですから」
確かアイオリアも、アイオロスの全力の拳を何度も受けていたように思う。
当時、流石に心配したシオンがアイオロスにそれとなく注意したが、アイオロスはあっけらかんと、
「我が弟だから、死にはしません。きっと小宇宙に目覚めて黄金聖闘士になるでしょう」
と答えたそうである。
最近になってそれを知ったムウは、あまりにもあんまりだと思ったのだが、その『あまりにもあんまり』な発言をするアイオロスを次期教皇に指名したシオンも、結構なものだ。
アイオリアはムウの話を無言で聞いていた。
まるでメデューサの呪いで石像になってしまったかのように、ピクリとも動かなかった。
ムウは二人分のお茶を入れると、アイオリアの前にそっと置く。
貴鬼は現在、流しに冷やしてある昼食の洗物を片付けている最中だった。
ムウがアイオリアと話しているのを見て、自主的に始めたのだ。
「アイオリア、稽古の目的が何なのか、よく考えて下さい。
聖闘士たちの実力向上が、この稽古の目的なのです。
どうすれば皆がもっと強くなれるか、自分がそのためにどんな手伝いができるか、考えてみるといいかもしれません」
そう話を締めくくったムウは、居間に入りソファをベッドにセットした。
来客の多い白羊宮は、ソファベッドタイプのソファを使用している。
いざという時は、居間が客間になるのである。
寝室から毛布を持ち出してきたムウは、台所で石像と化しているアイオリアに告げる。
「あれだけ食べてすぐに動くのは億劫でしょうから、少し休んでから獅子宮にお戻りなさい」
リアクションがなかったので、こうなったらテレキネシスを使って無理やり台所から退出させましょうか……と、ムウが考え始めた頃。
その考えを察したのか、アイオリアはよろよろと立ち上がると、覚束ない足取りで歩き、ソファベッドの上にボスンとうつ伏せに倒れこんだ。
一瞬心配になる白羊宮の住民たちだが、すぐに寝息が聞こえてきたのを確認すると、ほっと息を吐く。
「わー、びっくりした!電池が切れたロボットみたいでしたよね、ムウ様」
洗った食器を食器棚にしまっていた貴鬼が、大きな目を見開いている。
ムウは困ったような笑みを整った口元に浮かべると、アイオリアにそっと毛布をかけてやった。
そして、どこか憎めないといった様子で、
「きっと、考えることがありすぎて、いっぱいいっぱいになってしまったのですよ」
「……アイオリアって、考え事嫌いっぽいですからねぇー。何かあると、すぐに、『ええい面倒!!』ってフッ飛ばしちゃう」
「そこが彼の美点であり、短所ですからね」
ムウは親しみの情が感じられる視線でアイオリアを眺めると、部屋の仕切りのロールカーテンを下ろし作業場に入った。
聖衣の修復が、山とたまっているのである。
夕方4時頃、アイオリアは目を覚まして帰っていった。
白羊宮の玄関を出る際、口の中でぶつぶつ呪文のように何かを唱えていたようなのだが、ムウはちょうど買い物に出かけていて留守だったので、どんな様子だったかは見ていない。
「アイオリア、何か考え事をしてるみたいでした」
留守番をしていた貴鬼からそう報告を受けたムウは、
「少しでも改善されればいいのですけどねぇ」
と、誰に聞かせるでもなく、呟いた。