体育会系の恋
相当話に集中しているのか、カップをつかんだまま手が止まっていた。
「……ってわけなんだよ。どう思う、アフロディーテ」
「そうだね」
柔らかそうな巻き毛を右手でかきあげると、バラの芳香が微かに白羊宮の居間に漂う。
「私が思うには、魔鈴はアイオリアに筋肉以外のことも求めているのではないかな?」
「どういうことだ?」
アフロディーテが何を言いたいのか、星矢には今ひとつよくわからない。
その星矢の表情から彼の内心を察したアフロディーテは、もう少し詳しく話す事にした。
「私が言うのもなんだが、アイオリアは……戦うのが唯一の特技という感じだろう?」
「平たく言えば、それ以外に何もできねーってことか?」
「折角人がボカして話したというのに、どうしてずばっと言ってしまうかな」
呆れたように綺麗な眉を顰めるアフロディーテ。
星矢は主人公らしく、時折空気を読めないところがある。
アフロディーテはそれでも続けて、
「まぁいい。君は一応主人公なのだからね」
「その、『一応』っていうのは何だよ、一応ってのは」
「フフフ」
笑ってはぐらかして答えない。この魚座の聖闘士は、美麗な外見からあまり想像できないが、結構『言う』のである。
「主人公君のおかげで話が脱線してしまったな。多分魔鈴は、アイオリアに戦い以外のこともどうにかして欲しくて、そういう条件を出したのではないかな?
本当に脈がないのなら、どんなにアイオリアが努力しても達成不可能な条件を出したと思うよ。例えば、月収100万ユーロとか」
「……ということはー」
『大人』の話を興味深そうに聞いていた貴鬼が、アフロディーテに尋ねる。
「アイオリアは頑張れば何とかなるってわけ?」
「だと思うよ、私は。料理を始めるようになれば、上手になれば、魔鈴も何か感じるのではないかな?」
少し冷めた茶をすすり、アフロディーテは答える。
「しかし、ただ料理をするにしてもね……アイオリアではよくも悪くも男の料理になってしまうだろうね。切っただけ、茹でただけの」
「確かにそうですねぇ」
と、台所からムウの声。彼の手はせわしなくもやしのヒゲを取っている。豆のつるはとうに剥き終えた。
「料理するにしても、アイオリアは不器用ですからねぇ。きっとオムレツを作ろうとすると、炒り卵になってしまいますよ、あの人」
「まぁ、その不器用な男性が自分のために懸命にやってくれたというシチュエーションにクラッと来る女性もいるようだけど……」
ソファーに深くよりかかり、天井を見上げるアフロディーテ。
あの朴念仁をどうにかしてやりたいとは思うのだが、元が元だけになかなか難しい。
「『料理ができるよう努力している』の他に、何かワンポイントあったら、少しは好感度がアップするかもしれないな……」
しばらく天井を眺めた後、思案の末にそう呟く。
するとそれを耳にした貴鬼は、
「じゃぁさ、アイオリアが料理を出す時に、何かクサイ一言を言えば面白いんじゃないかな?ウシシシ♪」
子供なので、判断基準は面白いか面白くないかである。ある意味残酷だ。
同じく子供の星矢は、ついついその話に乗ってしまう。
「なんだよ、『キミの瞳に乾杯?』とか?」
「そうそう!」
「魔鈴さん仮面つけてるから、瞳も何もねーよ!」
同時に爆笑する二人。星矢は手を叩いて笑いながら、
「うわー、似合わねー!!アイオリア絶対にそんな台詞言えねーし、言ったところで魔鈴さんの蹴りが飛ぶ!」
「それもそうかー」
「でもアイオリアじゃ、間違ってもそんな台詞言えない。無理無理!」
「ですが……」
食材の仕込みが終わったのか、ムウが台所から戻ってくる。
その際、桃を剥いて持ってきたところがムウである。
「あの『男らしい』を絵に描いたようなアイオリアが、どんな顔でそのような言葉を他人に言うのか、少々気になるところではありますねぇ」
ムウの表情は柔らかい。
いつも通りの穏やかな笑顔である。
しかし、だ。
アフロディーテはその笑みの下に潜んでいるムウの本心に気付いていた。
「ムウ、アイオリアにそういう言葉を言わせてみたいのかい?」
端正な口元に浮かぶ苦笑い。
そうやらムウは、聖戦の際アイオリアに『男とは認めん』と言われたことに関し、未だに微妙な蟠りがあるらしい。
本人は全く気にしていませんよと微笑みながら否定するが、その翡翠色の瞳の奥に揺らめく感情を、多くの人間は見抜いている。
それはともかく。
アフロディーテは桃をフォークで食べながら、長い睫毛をやや伏せる。
「そうだな……」
さすがに魔鈴に蹴りを入れられるアイオリアを見るのは忍びない。
それなりに胸がときめくような台詞で、しかもさり気ないものはないだろうか。
再び思考の海に沈むアフロディーテ。
そんな中、ふ……と顔を上げると、居間にかかっているカレンダーが目に入った。
瞬間!
「!!」
アフロディーテの脳内を、アイオリアのライトニングプラズマのように駆け抜けたものがあった。
「どうしました、アフロディーテ」
同僚の変化を察し、何事か尋ねるムウ。
アフロディーテは誰もが見とれてしまうようなそれはそれは綺麗な笑みを浮かべ、こう告げた。
「いいアイディアが浮かんだよ。ちょっと洒落ているがさほど臭くなく、それでいて知的さを感じさせる案がね」