体育会系の恋
数日後。白羊宮工房前テラス。
その夜はムウの発案で、バーベキューをやろうということになった。
今夜は満月なので、月を見ながらの焼き肉も乙だろうというのだ。
十二宮駐留中の黄金聖闘士を始め、星矢や魔鈴が白羊宮の軒先で食事や語らいを楽しんでいる。
青銅・白銀聖闘士にも声をかけたのだが、皆黄金聖闘士に腰が引けてしまったのか……ほとんど姿を見せていない。
魔鈴は女性聖闘士で仮面をつけているため、バーベキューに参加しても食べることはできない。しかし、
『星矢が会いたがっていますので、是非遊びにきて下さいね』
とのムウの言葉もあり、出席した。
彼女は現在、テラスに設置された簡易ベンチの上で弟子の話を聞いている。
「……でさぁ、俺まだ宿題やってないんだよ。魔鈴さん」
「馬鹿だね。どうしてもっと早く片付けておかなかったんだい」
「色々あってさぁー」
その様子を本日の主催者は、少し離れた場所から微笑ましく見つめている。
「本当の姉弟のようですねぇ」
「私には弟子はいないけれど、ああいうのを見ると……弟子持ちもいいなと思うね」
と、アフロディーテ。本日の彼の白い手には、バラではなくグラスワインが握られている。
ミロはソーセージをバドワイザーで流し込みながら、
「教皇に言えば弟子取らせてくれるんじゃないか?」
「ああいうのは、見ているだけだからいいのだよ」
フッと笑ってみせる。
「貴方のような忙しい方では、弟子は難しいかもしれませんね。アフロディーテはお仕事多いですから」
「……出張が、特にね」
「教皇はどうして俺に出張振り分けてくれんのだろうな?俺はそんなに出張ないぞ」
「君はギリシャ語しか話せないからだろう」
呆れたようにミロを見やるアフロディーテ。
ミロは外国語ができないので、海外に飛ばせないのだ。
黄金聖闘士にはもう一人ギリシャ語しかできない男がいるのだが、その彼は今、心臓を破裂させそうなほどに脈打たせながら、ベンチで雑談する星矢と魔鈴の師弟に歩み寄っている。
獅子座のアイオリアだ。
「……アフロディーテ」
それに気付いたムウが、ミロと言い合っているアフロディーテに声をかける。
アフロディーテはミロとの舌戦を一時止め、アイオリアの動向に注目した。
同僚たちの視線の先で、アイオリアは顔を赤らめながら魔鈴の右隣にどすんと座る。
左隣には星矢が座っている。
「アイオリア?」
黄金聖闘士の突然の行為に、訝しげに声をかける魔鈴。
仮面をつけているため表情がわからないが、もし素顔であったら明らかに眉根が寄っている。
アイオリアは首筋を赤くしながら、
「……きょ、今日の下拵えは、俺とムウが担当した。ムウにはまたイヤミを言われたがな」
「アイオリアが?珍しいこともあるものだね」
「ああ、それで今日は野菜の切り方がヘタク……ウッ!!」
話している途中、どこからともなく飛んで来た白いバラが肉を乗せていたパール皿に見事にヒットしたので、星矢はそれ以上のおしゃべりをやめた。
アイオリアがバーベキューの下拵えをしたという話を聞き、魔鈴のまとっていた雰囲気が微妙に変わる。
それをどのように表現したらいいのか。
昨日まで上着が必要な気温だったのだが、今日はシャツ一枚で過ごせる温かさになった。
そんな変化に少し似ている。
「……アイオリア、あんた」
「なぁ、魔鈴」
ふっ……と、夜空を見上げるアイオリア。
その耳元、首元は深紅に染まっており、全身の筋肉は教皇の間でシャカと組み合った時よりも力が入っている。
口元は戸惑うかのようにわずかに開かれていたが、やがて気持ちが固まったのか、声はかすかに震えつつも……はっきりとした口調でこう告げた。
「月が綺麗だな、魔鈴」
今夜は満月だ。
月が綺麗だと告げたところで、何もおかしくはない。
横でそれを聞いていた星矢も、少し離れたところから同僚たちとそれを眺めていたミロも、アイオリアの言葉をごく普通にありあふれた世間話として受け取っていた。
けれども。
外気にさらされている魔鈴の白い首筋が、ほんの少し紅色がかる。
魔鈴はしばらく無言で俯いていたが、褐色の髪を揺らしおもむろに顔を上げて銀色の月を眺めると、
「……ああ、綺麗だねぇ」
と、いつものクールな口調で返した。
思わずアイオリアの表情も緩む。
「そうだな、とても綺麗だな」
……ただの雑談のはずなのに、どこか雰囲気がおかしい。
横に座っていた星矢は、置いてけぼりを食らってしまったような気持ちを味わっていた。
何か、変だ。
フツーの話をしているだけなのに、どこか変だ。
「どーしたんだよ、魔鈴さんもアイオリアも!月が綺麗だと何かあるのかよ!」
星矢が問いかけるが、魔鈴は返事をしないし、アイオリアは星矢の言葉など耳に入っていない様子で、ただただ月を眺めている。
「……本当に月が綺麗だな」
「だーかーらー!!月が綺麗だとなんかあるのかよ!!」
星矢はつい声を張り上げてしまうが、この横の二人には届いていないらしい。
「もうわけわかんねぇ!!俺は肉を食う!!」
ベンチから立ち上がり、バーベキュー台に足を向ける星矢。
主人公がその場を去った後も、二人は空を見上げ、銀色の月を瞳に映している。