『掌に絆つないで』第二章
Act.14 [幽助] 2019.6.19更新
七つ道具を取りにぼたんとひなげしが霊界に向かい、幽助たちは雷禅の塔で待つことになった。
雪菜を別室に休ませ、コエンマと二人になった幽助は、窓枠に肘をついてあくびをしながらひと時の休息を味わう。
ぼんやりと外を眺めた状態で、行動を制限された待ち時間ともなると、またもやもやと奇妙な感情が芽生えてきてしまう。
欲求不満に似たそれは幽助にとってあまりにも異質な感情で、理解に苦しんだ。いや、それらを認めようとしないことが自身を追い詰めているとも知らずに、彼はただ小さくため息を吐いた。
「幽助」
ふと、コエンマが呼びかける。
「蔵馬と何かあったのか?」
「…………なんもねーよ」
「ケンカしたわけじゃないんだろう?」
「できねーよ、蔵馬とケンカなんか」
「まあ、相手にしてもらえんだろうな」
その言葉にカチンと来るものの、図星をつかれては反論も出来ない。
「にしても、何もないわりには不自然だな。お前たちは桑原たちがいなくなってから、いつも一緒にいたように思ったが」
桑原という名を聞いて、幽助は懐かしさを感じずにいられなかった。
ずっと一人だった自分が、いつの間にか一人じゃなくなっていた。仲間に囲まれているのが当たり前。その中でも、もっとも近くに感じていた桑原。
一片の曇りもない信念を貫いて、いつも真正面から体当たりしてきた男を、知らない内に両手を広げて受け止めていた。掴みあって、殴り合って、相手の腹が真っ白になるまで本音を吐きあい、そして笑いあった日々。
過ぎ去って、失って、残されて、
伸ばした手の先。
そこにもまた、幽助を受け止めようと差し伸べられた温もりは確かにあった。
自分と人間界をつなぐために、桑原や螢子を忘れないために、彼が必死でしがみついてきたのは、ほかの誰でもない蔵馬の両手だった気がする。
「そーだな……ずっと離れなかった。離れてねーけど、なんかさ……ときどき……遠いんだよ、蔵馬が。桑原みたいには……いかねえな…」
つぶやくように吐いた言葉を、コエンマは黙って聞いていた。
「オレよりずっと深いこと考えてて、先のこと見えてて、いつも冷静で……。オレには、あいつの考えてること半分もわからねーの」
人間界に残ろうと決意したのは、どちらが先だったのか。曖昧なまま、思い出せない。
「あいつが魔界に戻らねーのも……、やっぱオレのせいかな」
「自惚れだな」
きっぱりとした否定の言葉に、幽助は外の風景からコエンマに視線を移した。
「蔵馬は自分で選んだのだと思うぞ。幽助と人間界に残る、と。それに、たかだか百年そこそこ生きただけのお前に、千年以上生きた蔵馬の考えがわかるはずもないだろう。だいたい、お前は頭が悪い」
「テメーなぁ…っ」
「本当のことを言って何が悪い。お前はバカで単純な奴だ」
「あのな、人がマジメに話してんのに! 悪かったな、単純で!」
「そうだ。単純で単細胞でどうしようもない。それでも、蔵馬にもワシや飛影にも、お前のすべてを見ることはできんのだ。わかるか?」
「どういう意味だよ?」
「相手が何を考えているのかわからんと思っているのは、幽助、お前だけじゃない。お互いさまだと言っておるのだ」
コエンマは幽助の隣に来ると、窓枠に手をついた。そして呟くように彼に言い聞かせる。
「そんな簡単に他人の心が透けて見えたら、一緒にいる者はつまらんではないか」
窓から夜風が流れ込んで、コエンマの髪がさらりと後ろに流された。
「見えない分だけ、理解しようと努めるものだろう? 相手を…、蔵馬を理解したいと思うからこそ、お前は蔵馬と一緒にいるんじゃないのか、幽助?」
幽助は大きな瞳をさらに見開いて、コエンマを見返した。
「……そっか……。全部なんて、わかるはずねーよな」
「そうだ」
「オレ、バカだから…んなこともわからなかったぜ…」
「まったくバカだな」
「チェッ…」
舌打ちしながらも、幽助の唇からはため息ではなく、穏やかな微笑だけが漏れていた。
作品名:『掌に絆つないで』第二章 作家名:玲央_Reo