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自分らしく
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彼方から 第二部 第七話

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 ――それが、今のあたしのすることだ!

 ズルズルと不気味な音を立て、化物が追い縋ってくる。
 少しでも気を抜いたら、途端に捕まってしまうほど、近くにいる。

 ――パワーを出せ!!
 ――人の出来ることをするんじゃないんだ!
 ――今の自分が……

 ――今の自分が出来ることに、集中するんだ!!

 息が上がる、胸が苦しい、どれだけ走っているのか見当もつかない。
 けれど、それしか今の自分には出来ないと分かっている。
 そのままでいいと、言ってくれたから。
 自分が自分のままで出来ることが、今は『逃げる』ことしかないのなら……
 
 ノリコは只管に、少年に導かれるまま、走り続けた。
 前だけを見て……



 ――え?

 不意に、青空が広がった。
 纏わり付くように立ち込めていた霧が、サァッ……と消えてゆく。
 霧から抜けたその向こうに見えたもの――それは、とてもキレイな大きな樹。
 
 ――急に霧が晴れた……

 霧が晴れたその先にも、勿論森は広がっていた。
 だが、それまでいた森と異なり、明るく、光に満ちた温かな雰囲気を持つ森だった。
 あまりにも違うその様子に、ノリコは暫し青空に見惚れていたが、化物に追われていたことを思い出したのか、ハッとして後ろを振り返った。
 そこには霧が――何もかもを覆い尽くしている霧が、在った。

    よく 逃げ切ったね

 ふわりと、音もなく地面に降り立ち、透明なその姿を現した少年。
「あたし、逃げ切ったの?」
 弾む息を整えながら、ノリコは少年に訊ね返していた。

    そこは 結界との境目
    もう アイツは追ってこれないよ

 そう言われ、ノリコはもう一度、森を覆っている霧を見やった。
 漂うようにそこに留まり、消えることも広がることもない霧……
 化物に作り出されたであろう霧は、結界を越えて存在することは出来ないのだろう。
 さわさわと、優しい風が、結界の外、温かな森の木々を揺らしている。

    こっちへおいで ノリコ

 少年に誘われるまま、彼女は爽やかな風の中、後をついて歩いてゆく。
 今まで、化物に追われていたことなど、嘘のように思えるほど、辺りの空気は柔らかかった。
 少年はやがて、一本の大樹の元へとノリコを連れて来た。

 ――……! さっき、一番に目に入った樹だ

 陽の光を受けて、煌めく、生命力に溢れた大樹。

 ――葉っぱがうす紫……白樺のような白い幹
 ――おばさんが言ってた、朝湯気の木だ

 その美しさに、誘い込まれるようにノリコは、木陰へと入ってゆく。

 ――きれい……

 葉を通して漏れる陽が、薄い紫色を際立たせている。
 一枚一枚の葉が陽の光を纏い、輝いているように見える。
 ノリコは思わず、目の前に枝垂れている枝にそっと、触れていた。

 バサッ……

 触れた一枝が、ノリコの手の中へ折れて落ちてきた。

 ――お……折れちゃった!
 ――何で? あたっ、あたし、触っただけなのに

 ノリコはギョッとして、思わず辺りを見回していた。
 意図せず悪いことをしてしまった子供のように……

    自ら折れたんだよ
    朝湯気の木 自身の意思でね

 ――え?
 折れた枝を手に、アタフタしているノリコに優しく微笑みかけ、少年はそう言ってくる。

    この木は ずっと森の住人と過ごしてきた

 樹の幹に触れながら、少年は慈しむような瞳を樹に向け、語り始めた。

    いつの間にか 名前も付けられてしまってね
    その昔 誰かによって書かれた物語の主人公に
    イルクツーレと言う名の少年の旅人がいて……
    銀色の髪と すみれ色の瞳 尋ねていく土地土地の人々に
    幸せを落としていくんだって

 ――銀色の髪とすみれ色の瞳?
 少年の言葉に、ノリコは気づいた。

    イメージが似ているというので
    みんなはその名で この木を呼ぶようになったんだ

 少年の脳裏に、昔……通りがかっては声を掛けてくる住人たちの姿が蘇ってくる。

   『やあ イルク 元気かい?
    今日はこんなことがあってね』
   
   『イルク あたしに恋人が出来たのよ』

   『見ておくれ 孫が生まれてね』

 日常の、他愛もない出来事を、嬉しそうに、楽しそうに語り掛け、報告してくれる住人たち。
 時に幹に抱き着き、優しく触れ、撫でてくれたりする、とても――とても幸せそうだった、住人たち……

 ――それって……もしかして
「あの……あなたの髪と目の色……?」
 ノリコは少年の話を聞きながら、彼の瞳と髪の色を指差し、訊ねていた。
 少年はノリコの問い掛けに微笑みを返し、言葉を続ける。

    彼らの思いがとてもやさしくて
    嬉しかったから
    自然に その名に相応しい形になった

 自分の胸に軽く手を添え、少年はふわりと浮き上がり、樹を見やる。

    だから ぼくの名はイルクツーレ
    この 朝湯気の木の精霊

 少年は――イルクツーレは森の住人だった訳でも、争いに巻き込まれて亡くなった者でもなく……
 この森に育ち、この森をずっと見守り、森で暮らしていた住人たちを見守って来た者。
 何百年もの時を経て、大地と繋がり力を持ちえた大樹、朝湯気の木――その、精霊だった。

 ノリコは彼の姿と朝湯気の木とを重ね、驚きと感動に満ちた瞳を向けていた。

   *************
 
「おい、大丈夫かよ、さっきまでぶっ倒れていたのに!」
 バラゴが焦ったように声を掛けている。
「ジーナの力を頼ってもいいんだけど、確かにこの方が早いね……イザークは、ノリコと直接、通信が出来るんだ」
 焦るバラゴの傍らに立ち、ガーヤがそう言ってくる。
 まだ霧に包まれた集落の中、イザークは剣を地面に突き立て、それを支えにするように片膝を立てしゃがみ込んでいる。
 瞼を閉じ、俯き、集中する彼の姿を見守るように、皆がその周りを囲んでいる。

 ――気が、安定していない……
 ――このまま、力を使わせていいのかしら

 皆と同じようにイザークを見守りながら、エイジュは倒れていた彼を診た時のことを思い返していた。
 体の奥に眠っている大きな力が、出てこようして蠢いているのが分かった。
 その力を、イザークはその精神力で、抑え込もうとしていた。
 今回は、彼の精神力の方が勝ったが、次はどうなるか分からない。
 このまま、力を使い続けるのは、危ういのではないだろうか……

 ――『このまま……』
 ――『大丈夫……』
 
 小さな胸の痛みと共に、『あちら側』がそう告げてくる。
 必要なことだというのならば仕方がない。
 不安ではあったが、黙って見ているしかなかった。

 ―― ノリコ ――

 彼女との通信を試みるイザーク。

 ―― ノリコ 聞こえたら返事してくれ ――
 ―― ノリコ 聞こえるか!? ――

 只管に呼び掛け続ける。
 エイジュに、生きているとは言われたものの、その姿を確認したわけではない、無事でいるという確証もない。