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自分らしく
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彼方から 第二部 第七話

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「おれも、二人と同じです。心配かもしれませんが、ノリコのことは任せてください。父たちを、頼めますか? この先、ザーゴのためにも、国の民のためにも、父は必要な人物なのです」
 父親の立場と言うものを重々承知しているのだろう。
 国の役職に就く父を持つ子としての責務と言うものを、長男だからであろうか、ロンタルナは十分に自覚しているようだ。
 最後に、エイジュは当のノリコを見た。
 自分が狙われていると分かっているからだろう……顔色は蒼白に近い。
 だが、エイジュにそうしてくれと言うように、彼女はコクンと頷いてみせた。
「……分かりました」
 気丈に振る舞うノリコに少し微笑み、エイジュはそう返すと、
「行きましょう」
 とバーナダムに声を掛け、何度か振り返りつつ、アゴルたちの方へと向かった。

 ――本当なら、ノリコの方に付くべきなのだけれど……

 一瞬、顔を顰める。
 胸に痛みが奔る。

 ――『ノリコ護る……』『必要ない……』
 ――『出会う……』『ノリコ……』『新たな光……』

 こんな化物が巣食う森の中に居るというのか……『新たな光』二人の仲間となる者が。
 その者と出会うためには、自分がノリコを護っていては不都合がある……そういうことなのだろう。
「アゴルッ!」
 視界に、触手から逃げる彼の姿が目に入る。
「エイジュッ!?」
 今にもジーナに伸びそうになっている触手を、エイジュは一振りで切り捨てた。
「済まないっ、しかし、ノリコの方に行ったんじゃないのかっ!?」
「ロンタルナ様に、『父たちを頼む』と、言われたのよ」
「左大公を……」
 バーナダムと二人、アゴルを背後に護りながら、エイジュは彼の問い掛けに応えていた。
「そのお二人は!?」
 バーナダムが痛む背中に顔を歪めながら、そう訊ねる。
「辺りの家の中に入って、何か火種になりそうなものを探してくれている」
 触手の攻撃を避けながら応え、
「それよりも大丈夫か? バーナダム」
 辛そうな表情を見せる彼に、思わずそう、声を掛けていた。
 襲い来る触手を薙ぎ払いながら、エイジュはチラッとバーナダムを見やると、剣を持ったまま左手を掲げ、自分を含めた四人を氷のバリアで包んだ。
「え?」
「な?」
 エイジュの行為に、バリアを見回しながら二人は彼女を見やる。
「気休め程度だけれど、痛みを少し、和らげられるわ」
 彼女はそう言いながら、バーナダムが痛めた背中に右手を当て、気を集中させ始めた。
 その間も、化物の触手はバリアへの攻撃の手を緩めない。
 絡みつきはしないものの、激しく打ち付けることで、破壊しようと試みている。
 次第に、バリアに罅が入ってくる。
「エイジュ、おれはいいから!」
 バーナダムがそう言ってくるが、エイジュは黙ってそのまま、気を集中させるのを止めない。
 やがて、罅は細かく、バリア全体に伝わってゆく。
「エイジュッ!!」
 バリアを完全に破壊せんと、触手が最後の一撃を加えようとした時だった。
「はぁっ!」
 バーナダムの背に当てていた手をそのままバリアの方に向け、エイジュは襲い掛からんとしていた触手と共に粉砕した。
 触手が、攻撃の手を一時的にではあろうが、弱めてゆく。
 エイジュは剣を構え直し、
「これで良いはずよ……」
 化物を見やりながらそう言っていた。
「え? ……あ」
 エイジュの言葉に、バーナダムは痛めた背中に手を回す。
「痛くない……?」
 確かめるように背中に眼をやった後、バーナダムは化物に剣を向けるエイジュを見た。
「少しだけれど、『癒し』の力も持っているのよ」
 彼の視線を感じたのか、化物に対峙したまま、エイジュはバーナダムの懸念に応えていた。
「それで、多少は動けるでしょう? あなたは左大公たちのところに行って、お二人を守りつつ、火を作ってもらえるかしら」
「いや、これなら戦える、おれも……!」
 そう言って、エイジュと同じように化物に剣を向けるバーナダムに、
「気休め程度だと言われただろう? バーナダム。恐らく、ちゃんと治した訳じゃないんだ、いつ、また痛くなるか……」
 アゴルがそう言ってくる。
「そ……そうなのか?」
 問い掛けるバーナダムに、エイジュが肩越しに頷いてみせた。
「お願い、出来るかしら?」
「……分かった」
 残る二人を何度か見やりながら、バーナダムは左大公たちの元へと向かった。
「ご免なさいね」
 再び襲撃を始めた触手を切り払い、エイジュがアゴルにそう謝ってくる。
「……? どうして謝るんだ?」
 触手を避けながら、アゴルが訊き返す。
「だって、必然的に、囮役をさせることになってしまったんですもの――あなたとジーナに」
 そう言って笑みを向けてくるエイジュ。
「何だ、そんなことか」
 アゴルもそう言って笑みを返すと、
「だったら、謝る必要はないぞ。元々、おれは囮になるつもりだったからな」
「ジーナと一緒に?」
 二人に向かう触手を寸前で切り捨て、アゴルの首にしっかりと手を回している、ジーナの可愛らしい背中を見やるエイジュ。
「ジーナは必ず護る。左大公たちが火を作ってくれている間、逃げ回るくらいなら何とかなる……いや、絶対に捕まったりはしない」
 蠢く触手を見据え、アゴルはその決意の強さを見せるかのように、更にしっかりとジーナを抱き直す。
「ジーナは怖くない?」
 エイジュの問いに少しだけ顔を向けて、ジーナはコクンと頷く。
「おとうさんと一緒だから、大丈夫なの」
「ジーナ……」
 そう言って微笑みをくれる娘の頭を、アゴルは優しく抱き寄せた。
 父親に、絶対の信頼を置くジーナの姿が、エイジュにはとても眩しく……そして、アゴルの父親としての、戦士としての強い眼差しに、自然と、笑みが零れる。
「良いわね、二人とも――その決意」
「――ッ!!」
 エイジュが、剣を右手に持ち直していた。
 その途端に、彼女が纏っていた気が、更に強さを増して満ちてくるのが分かる。
「エイジュ……」
 占者であるジーナにも伝わったのだろう、小さな呟きと共に、首に回す彼女の腕に力が入るのが分かり、アゴルは思わず娘に眼を向けていた。
「では、あたしも本気で『囮』として、化物の気を惹こうかしらね――あいつの中に捉われたままの、イザークへの圧力を多少でも削るためにも……」

 ――今の状態で使える能力の全てを使って……!

 左手を、高々と掲げるエイジュ。
「湿気が多いから、凍らせる水分に困らなくて助かるわ……」
 エイジュの頭上、掲げた左手の上に、何本もの氷の槍が姿を現していた。
「……凄い」
「少し、離れていてね……あなたたちまで、槍の餌食にしてしまうかも、知れないわ……制御するの、結構、大変なの……」
 氷の槍の冷気に触れ、周囲の空気に含まれる水分が凝固し、簡易的な霧を作ってゆく。
 感嘆の声を上げるアゴルにエイジュはそう呟くと、自身の周囲に槍を浮遊させた状態のまま、化物に突っ込んで行った。

   *************
 
「ご免なさい、ご免なさい」
「何謝ってんだい、ノリコ」
 ガーヤに手を引かれ、狙ってくる触手から逃げ回っている。

 ――イザーク、バーナダム、みんな……