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自分らしく
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彼方から 第二部 第七話

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 ――あたしが弱いばっかりに、大変な目にあってる……

 そんな想いからなのか、ノリコは守ってくれる皆に、『ご免なさい』と言わずにはいられなかった。

 ――あたしに力があったら

 イザークですら抗い切れない力を持つ化物。

 ――あたしに、みんなを守れるだけの力があったら……!

 それは、叶わない願い。
 たとえ、みんなを守れなくても、せめて自分の身ぐらい守れるくらいの力があったら……
 こんな時――なにかと戦わなければならなくなった時……いつも自分は守られてばかりだ。
 今も、イザークと二人でいた時も。
 誰からも、そんな術を教わってこなかったのだから、仕方のないことなのかもしれない。
 けれど、足手纏いになっていると分かるから……
 さっきだって、自分を守ってくれようとして、バーナダムが……
 イザークだって、今もまだ、化物に捉われたまま……

 逃げることしか出来ない今の自分が歯痒くて、仕方がなかった。

 分離した化物の片割れに追われ、次第に本体から遠ざかってゆく。
 集落の中を、家々の隙間を縫うように、ノリコたちは化物から逃げてゆく。
「おい」
 不意に、バラゴが足を止めた。
「おれの目がおかしいのかな、なんだか、霞が懸かってきたような……」
「わたしもだ……」
「こりゃ、目のせいじゃないよ」
 ノリコを含め四人は、その場で足を止めた。
 辺りを確かめるように見回し、一応、何度か眼を擦ってみる。
「霧が懸かってきたんだっ!」
 触手を揺らめかせる化物の姿がぼんやりと、その輪郭だけを残し見え辛くなってゆく。
 次第に濃くなってゆく霧に、ガーヤたちはどこから来るのか分からなくなってしまった化物を、これまで以上に警戒しながら、集落の中を彷徨い始めた。

   *************

 “ ナゼダ ”
 “ 呼吸モ デキナイ ハズ…… ”
 “ コノ男 ナゼ 我ラノ攻撃ニ 抵抗デキル ”

「く……」
 イザークを飲み込み、押し潰さんとしている化物の思念が、疑念に満ちている。
 今尚、イザークは気を放ち、何度も何度も、体に絡みつく化物の触手を粉砕し続けていた。
 だが、幾度粉砕しようとも、直ぐに新たな触手が絡みつき、体の自由を得ることが出来ずにいる。

 ――ダメか……
 ――やはり、歯が立たない

 この程度の気の放出では、量で勝る化物の触手を、一時に粉砕することはやはり敵わないのだろう。
 イザークはフッ――と力を抜くと、瞼を閉じた。
 
 ――この上は……
 ――おれの体内の奥にある力を、呼び起こすしかない

 再び瞼を開いた時、イザークの瞳はその形を変えていた。

 “ 危険 ”

 彼の気配の変わりようを感じ取ったのか、化物がざわつき始める。
 イザークはもう一度瞼を閉じた。

 ――意識を集中して
 ――暴走しないよう、コントロールしながら……

 その力が――高まってくる。
 体内の奥に眠る力……その力を必要なだけ呼び起こすために、イザークは奥へと、自身の『中』へと意識を集中させてゆく。

 “ 危険 ”

    “ 危険 ”

   “ 攻撃 ”
      
     “ 攻撃 ”

 彼が呼び起こそうとしている力の片鱗を感じるのだろう。
 化物が焦ったように同じ言葉を繰り返している。
 体の自由を奪われ、呼吸が出来ないほどの圧力を受けながらも抵抗し続け、尚且つ、更なる力を呼び起こそうとしている男。
 人とは思えない力に、計り知れないその力に、化物は今までにない危険を感じていた。
 無数の邪念の集合体である、この化物の闇の意識の中、無数の目が光っている。
 その中にある、一際大きく、邪悪な目が、彼を見据えている。
 力を呼び起こそうと意識を集中させているイザークに、触手以外の攻撃を、仕掛けようとしていた。

 キィイィィン

 酷い耳鳴りに、意識の集中が妨げられる。
「うあ!?」
 妨げられ、集中が解かれた意識の隙間に、『何か』の意識が割り込んでくる。
 否も応もなく、彼の意識は割り込んできた『何か』の意識に、引き摺り込まれてゆく。

   『死んでおしまい イザーク』

 思い出したくもない記憶が、勝手に蘇ってくる。
 まだ幼かった頃の――まだ、両親の元に居た頃の記憶……
 抗うことは出来なかった。
 何故なら、割り込んできた意識が見せているのは、紛れもない、イザーク自身の中にある『記憶』なのだから……

   『やめて!
    やめて!! おかあさんっ!』

 ナイフを片手に、押さえつけてくる母親の姿が見える。
 その手首を掴み、必死に頼み込み、抵抗する子供の頃の自分の姿も。

   『やめてぇっ!!』

 誰が、殺されたいだろうか――母親に。

   『ぎゃああぁっ!』

 幼い頃、力のコントロールがまだ、儘ならなかった頃。
 自分を守るべく無意識に放った気は、ナイフを突き立てようとしていた母親を、部屋の壁まで弾き飛ばしていた。

   『ああ! 痛いっ!
    ナイフが ナイフが……あたしの肩に……
    きゃあああっ いやああーっ
    痛いーーーっ!!』

 恐れ、戦き、叫び、喚く母。
 服が、血に染まってゆく。

 ――この光景は……おれの……

 幼い頃の記憶。
 自身の身を守った行為が、母を傷つけた……事実。
 思いも掛けない結果に、愕然とした――自分のせいなのかと……

 ――いかん!
 ――精神攻撃だっ!!

 すぐに気づいた。
 だが、どうにもならない。
 次から次へと蘇る昔の――普段は心の奥底に封じ込め、思い出すことすら忌避している記憶……

   『あそこの家の母親が
    年々おかしくなっていくのは
    息子が原因だそうだ』
   
   『化物の子だと
    いつも喚いている』

 激しい耳鳴りと共に、当時、周囲の人々が陰で交わしていたような言葉さえも、ハッキリと蘇ってくる。
 思い出そうとしたところで、決して、思い出せたりなど出来ない……そんな会話まで……

   『あんたはあたしの子じゃないっ!
    おかあさんなんて呼ばないでっ!!』

   『化物が連れて来たのよ!
    いつかあんたも
    あんなふうになるんだわっ!!』

 母の恐れ、蔑み、嫌悪、否定――その言葉のどれもが、幼かった自身の心に深く突き刺さってくる。
 そしてその言葉は今でも、今でもイザークの心を苛んでいる。
 だからこそ……

 ――この記憶を選んでいるのはおれ自身だ
 ――こいつの与える恐怖や不安感に、おれの脳が反応している

 どんなに強かろうとも、どんなに高い能力を使えようとも、心まで強くなれる訳ではない……
 年を重ねれば、経験を積めば、それなりに対処法を覚えもするだろう。
 だが、傷が癒える訳ではない。
 いつまでも……いつまでも、残り続ける――癒せる時が来るまで、いつまでも……

   『違うよ 違う!
    おかあさん!
    ぼくは人間だよ!』

   『だから こわがらないで……!』

   『じゃあ これは何!?』

   『この腕のウロコは何!?』

   『人間には こんなものないわっ!!』