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木吉ケリー
木吉ケリー
novelistID. 47276
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≪1話≫グリム・アベンジャーズ エイジ・オブ・イソップ

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「今すぐ追い出すんだ。そいつに恵んでやるものは何もない」
「本気で言ってるの!?」
 アントニアが立ち上がり、猛然と父親に食って掛かります。こんなに怒りをあらわにしたアントニアを見るのは初めてでした。アントニア自身、こんなに頭に血が上ったのは生まれて初めてのことだったのです。
「お父さんが彼を嫌ってるのは分かるけど、このまま放り出したら死んでしまうわ!せめて身体がよくなるまで休ませてあげないと!」
「こいつがどうなろうと俺たちには関係ない。それに俺たちだって冬を越すのにギリギリの生活なんだ。この冬は特にだ。お前だって事情はよく分かっているだろう」
「食べ物なら皆の分を少しずつ分け合えばいいじゃない!余裕がないなら私の分を彼と分け合うから、それなら文句はないでしょ!?」
 子どもたちもアントニアの味方になり、僕も私もと一万に食べ物を分け与えようとします。ですがアントンは断固として首を縦に振りません。
「絶対にダメだ。乞食ってのは一度甘い顔をするとすぐ調子に乗って、助けてもらうのが当然と思うような意地汚い連中だ。俺たちみたいに真面目に働いてればこんな目に遭わなくて済んだのに、自業自得だ」
「彼は乞食じゃない、狩人よ。それにお父さんにはこの怪我が見えないの?きっと強盗か追いはぎに襲われたんだわ。それも彼の自業自得だっていうの?苦しんでいる人を救うのは人として当然のことでしょう?お父さんがそんな酷い人だったなんて、見損なったわ」
「何とでも言え。どうしてもそいつを助けたいっていうなら好きにしろ。ただしここは俺の農場だ。俺に逆らうならお前もそいつと出て行ってもらうから、覚悟しろ」
 アントンの表情は真剣そのものです。深く刻まれた眉間の皺が、決して脅しでも冗談でもないことを物語っていました。追い出すと言われてついにアントニアも言い返すことができず、顔を覆ってわっと泣き出してしまいました。子どもたちもアントニアと一万にすがりついて泣き叫びます。
 一万は2人のやりとりを途中から他人事のように聞いていました。部屋の温もりで身体は温まってきたのに、心臓につららが生えていくようにどんどん心が冷え切っていったのです。アントンの言葉が、同じ人間が話す言葉かどうか理解できなくなってきました。血の通った人間が、こんなに痛めつけられて家も奪われた惨めな男を、冬の夜に放り出そうとするでしょうか。森の狼でさえ人間の子どもを毛皮で温めて助けることがあるというのに、アントンは人の皮を被った悪魔に違いありません。
 何よりも信じられなかったのは、アントニアが自分を見捨てたことでした。農場を捨てて駆け落ちしてでも自分と一緒になってくれるのではないかと期待していただけに、アントンに脅されたくらいで諦めてしまうとは思いもよらなかったのです。アントンに拒絶されるのはまだ受け入れることができますが、ようやく見つけた人生の光であるアントニアに見殺しにされ、一万は地獄の底に突き落とされたような絶望に襲われました。
 泣き崩れるアントニアの隣で、アントンに命じられた男たちが一万を抱えて外まで引きずっていきます。一万は生気を失ったガラス玉のような目で、アントニアが見えなくなるまでじっとその背を見つめていました。最後に愛する人を目に焼きつけておこうというのではありません。あれが本当に自分が愛した女かと、疑うような恨むような空虚な眼差しでした。
「できるだけ遠くまで運んでくれ!戻ってきて火でもつけられちゃ敵わんからな!」
 温かいドアの内側から、アントンが大声で命じます。男たちはぶつくさ文句を言いながら、一万を荷車に乗せて森まで運んでいきました。誰一人として一万に同情する者はいません。納屋でこっそり手当てしてあげようとか、町までの食べ物やお金を持たせてあげようとか、そんな救いの手を期待することさえ一万には馬鹿馬鹿しく思えてきました。あんまり一万の怪我が酷いものですから、これ以上殴ろうとしなかったのがせめてもの情けだったのかもしれません。
 男たちは一万を乱暴に荷車から降ろすと、道の脇の大きな木の下に横たえました。
「悪く思わないでくれよ。俺たちだってアントンには逆らえないんだ。運がよければ、誰か親切な人が見つけて助けてくれるさ」
 どうしてそう言う男たちがその親切な人になろうとしないのか、一万にはもう文句を言う気力さえありません。水も食べ物もマッチの一本さえも無く、どうやって朝まで生き延びられるでしょう。一万には形見のバイオリンしか残されていません。
 兵士たちもアントンも卑怯な言い訳で誤魔化していますが、やっていることは人殺しと変わりません。自分の手ですぐに息の根を止めるか、ゆっくりと苦しませながら見殺しにするかの違いです。
 狩人である一万には、獲物を手負いのまま長く苦しませるのがどれほど残酷なことかよく分かっていました。縄で獲物の足を縛るくくり罠の仕掛けが甘く、鹿が激しく暴れて足首から先だけが千切れて残っていたことがあります。骨と肉がむき出しのまま死に物狂いで逃げた鹿はどれほど苦しかったことでしょう。そんな教訓を知らずに平気で一万を見殺しにしようとする連中を、自分と同じ血の通った人間だとは絶対に認めたくありませんでした。
 冷たい風と雪が一万の体温を奪っていきましたが、今度は胸の中で鍛冶屋が炉に炭をくべるようにメラメラと怒りの炎が燃え上がり始めました。寒さではなく、肌が焦げてしまいそうなほど激しい怒りのせいで身体が震えてきます。兵士たちやアントンへの恨み、そしてアントニアとの美しい思い出さえも炉にくべて、復讐の刃を鍛えるよう何度も何度も憎悪と呪いの言葉を心で呟きます。
 その内に一万の憤怒は、この世界そのものへと向けられていきました。王様の気紛れで家と狩場を奪われ、アントンの無慈悲さに見捨てられ、季節までもが容赦なく北風を吹かせてくる。信じていたアントニアにさえも裏切られ、一体誰が救いの手を差し伸べてくれるというのでしょう。これではまるで世界そのものが一万に敵意を抱き、この世界から消し去ってしまおうとしているかのようです。
 狩人として1000頭もの命を奪ってきたことが、そんなに大きな罪だったというのでしょうか。森に敬意を抱き、生きていくのに充分な量の獲物しか獲ってこなかったはずですが、これがその報いだとしたら世界とはどんなに残酷なものなのでしょうか。
 いつの間にか夜空に満月が浮かび、死体のように横たわる一万の姿を照らしました。冬の澄み切った夜空では、いつもより月や星が明るくはっきりと輝いて見えます。死の淵に立ち暗闇に呑まれかけていた一万には、満月の光が皮肉なほど明るく感じられました。こんなにもみすぼらしく落ちぶれた姿を煌々と照らし出そうとするなんて、この世界は最後まで自分を晒し者にして嘲笑いたいようだと憎らしくなってきます。
 一万は月明かりを照り返して明るくなった雪の上に、何やら小さくて黒いものが転がっているのに気がつきました。ただの石ころかと思いましたが、それは虫の死骸でした。異様に長い後ろ脚を持ったキリギリスです。