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バー・セロニアスへようこそ 前編

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当日夕方


数日後。○月×日の夕方。愛用しているギブソンのアコースティックギターを持って、ファラオはアテネ市内にあるバー・セロニアスを訪れた。
オルフェに教えてもらった裏口のドアを叩くと、すぐに品のいい中年男性が顔を出した。
「どなた?」
「ライラの代役で来ました、ファラオです。よろしくお願いします」
「ああ、ライラから話は聞いているよ。エキゾチックなフレーズを弾かせたら他に並ぶ者のない、すごく腕のいいギタリストだって」
「そうですか・・・」
ファラオの口がぽかんと開く。まさかそう紹介されているとは思わなかった。
『奴も見ているところは見ているのだな』
ライバルと目した男に認められているのを感じ、ファラオは内心にんまりとした。
「取り敢えず、中に入って」
「はい」
バックヤードに通され、店に出る時の衣装(ギャルソンシャツにベスト)を渡される。
「蝶ネクタイは赤にしておこうか」
「はぁ・・・」
服の事はあまりよくわからない。
冥界にいると冥衣だけ着ていればいいので、身なりにはかなり無頓着なのだ。
休日もロックTシャツにジーンズで過ごしている事が多いファラオである。
渡された衣装に着替え、きゅっと蝶ネクタイを締める。
どうにも学生のお仕着せ衣装になってしまうのは、普段からあまりこういう服を着ないからであろうか?
支度を終えるとマスターが仕事の説明をしてくれる。
「まぁ、聞いてて気持ちのいいギターを適当に弾いてくれればいいから」
「・・・それだけですか」
あまりにもアバウトな指示の仕方に、思わず問い返すファラオ。マスターは頷くと、
「そう、それだけ。でもお客さんからリクエストをもらったら、なるべく応えてあげてね」
「はぁ・・・」
つい生返事になる。マスターはそんなファラオの肩をポンと叩くと、
「初めてで大変だと思うけど、頑張って。そろそろ開店だ」
「はい」
ファラオは緊張したように頷くと、フロアに出た。
自分の音楽がどれだけ一般の人間に通用するか、ここで腕試しをしてみるつもりなのだ。