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楽しい羊一家 その1

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円満家庭


「ただ今、帰ったぞ」
玄関のドアを開ける。
居間で洗濯物を畳む手伝いをしていた貴鬼はソファーからパッと飛び降りると、ととと……と、玄関へ向かった。
そして満面の笑顔で、
「お帰りなさい、シオン様!」
「ああ、ただいま」
室内履きに履き替えるため、濡れたタオルで足を拭っていたシオンは、家族にしか見せぬ穏やかな笑みを可愛い孫弟子に向ける。
修復師とは思えぬ白く形の良い手で貴鬼の癖毛をぐりぐりと撫でると、二階に上がる前に台所をのぞく。
「今戻ったぞ、ムウ」
「お帰りなさいませ、シオン様」
ムウは夕食の支度の最中であった。鍋から漂う香りからするに、今夜は鯖の味噌煮であろうか。
「今宵は煮魚か?」
「ええ。鯖の味噌煮にしてみようかと」
「いかぬな。夕餉であるのに、食い過ぎてしまうわ。あれは飯が捗っていかぬ」
「ふふふ。ご飯も今夜は4合炊きました。沢山召し上がってくださいね」
聖闘士の師弟とはとても思えぬ会話をして、二階に上がる。
白羊宮の二階はシオンの部屋だ。
元々白羊宮は二階に部屋があったのだが、あまりにも荒れていたために空き部屋となっていた。シオンが戻って来たので、これはいい機会とリフォームを施した。
「ねー、シオン様ー!!」
階段下で呼びかける貴鬼に、シオンは部屋で着替えながらしばし待つように告げる。
「今は着替え中だ。今行く故、待っておれ」
「シオン様はムウ様とはお話するのに、オイラとはあんま話してくれないーッ!!」
拗ねる姿が容易に想像できる声である。
シオンは苦笑いを浮かべて浴衣の帯を結ぶと、テレポートで一気に貴鬼の前へ現れた。
そして、唇を尖らせる貴鬼の両脇をヒョイとつかんで抱き上げる。
「私とて身支度がある。少しくらい待てぬか」
「だって」
トスンと床の上に下ろしてもらいながら、貴鬼が言う。
「今日はどうしても、シオン様にお話したい事があるんですもーん」
シオンに話したくて話したくてたまらない。そんな空気が、貴鬼の全身から噴き出ている。
愛おしげに目を細めて孫弟子を見やった教皇は、ポンポンと小さな頭を叩きつつ、
「夕餉の席で、ゆるりと聞いてやる」
「えー、今聞いてくださいよぉ~!」
「そうしたいのはやまやまなのだがな」
長く綺麗な指が、台所とは反対方向を指差す。
「せめて、厠にくらいは行かせてくれぬか?まったく、アルデバランに借りてくればよかったわ!」
貴鬼は赤面し、うつむいた。

本日の白羊宮の夕食は、鯖の味噌煮、ワカメとジャガイモのみそ汁、キャベツの浅漬け、温泉卵である。
毎度毎度、どこの国の家庭だとぼやきたくなるような献立だ。
「で、私に話したい事とは、何だ?」
鯖の味噌煮でご飯が捗って捗って仕方ないシオンが、貴鬼に訊ねる。食べ方は綺麗なのだが、倍速再生をかけたかのように早さだけが凄まじい。
すると貴鬼はウッフッフーと首を竦めたり、顔をニヤつかせたりと、先程とは違ってもったいぶり、なかなか話そうとはしない。
だがシオンは、さして気にしていない。
「お替わり」
飯碗を、ムウに突きつける。ムウはぺたぺたと、ご飯を山盛りに盛りつけてやった。
再び鯖の味噌煮で捗るシオンの飯。いつまで経っても話さない貴鬼に、ムウはキャベツの浅漬けを咀嚼しながら冷静に、
「貴鬼、早くしないとシオン様のお食事が終わってしまいますよ」
その言葉で、慌ててシオンの食事の様を眺める貴鬼。
視線の先では、シオンが無言で鯖の味噌煮と白米をよく噛み、飲み込んでいた。
……ムウの言葉は、誇張ではない。
「あの、シオン様」
「何だ」
ようやくシオンの箸が止まる。貴鬼はヘッヘッへーと笑った後、
「今日、クリスタルウォールが出来るようになったんですよー」
「ほぉ」
シオンの顔が緩む。
アイオロスやサガが目撃したら腰を抜かすような、そんな優しく柔らかい表情だ。
だが弟子の成果を聞いても、ムウは平静の態度を保っている。
もし本当に貴鬼がクリスタルウォールを習得したなら、もう少し嬉しそうな顔を見せても良いと思うのだが。
『どういう事だ?』
ムウに目配せするシオン。だがムウはそれには答えずに、
「ああ、デザートを用意しました。苺を買ってきましたので、食事が終わったら食べましょう」
と、いつもの柔らかな口調で師に話す。
「?」
流石のシオンも弟子の真意がわからず、内心首を傾げている。
貴鬼のクリスタルウォールの出来と苺と、どういう関係があるのだか。

さて、夕食後の居間。
硝子のボウルによく洗った苺が山盛りになっている。朝、市場で買って来たらしい。
シオンは苺のヘタを取っては、口の中に放り込んでいる。これだけ甘いと、練乳やコンデンスミルクをかける必要がない。とても美味しい。
「これは美味いな。甘味と酸味の調和がとれている」
「今朝市場で買いました。朝採りだそうですよ」
「ムウよ、この苺と貴鬼の技と、何の因果があるのだ」
あまりにも話が見えないので、シオンは貴鬼に話の内容を悟られぬよう、早口の英語で問う。
するとムウはにっこり笑って、弟子に告げた。
「貴鬼、シオン様にクリスタルウォールを見せてご覧なさい」
貴鬼はパッと表情を明るくすると、今の掃き出し窓から外に出る。
白羊宮の掃き出し窓にはサンダルが用意してあるので、裸足やスリッパで外に出なくても済む。
「見ててくださいねー」
教皇に大きく手を振った貴鬼は、意識を集中すると小宇宙を高める。
そして。
「クリスタルウォール!」
かけ声と共に、透明な小宇宙の壁が貴鬼の前に現れる。
高めた小宇宙を具現化し、攻撃を反射、もしくは無効化させる、牡羊座の聖闘士最大の防御技である。
シオンは発生したクリスタルウォールを一瞥すると、表情を強張らせる。
全く笑いもせず、少々冷ややかさえ感じさせる口調で、
「……それ“らしい”、“形”にはなっておるのではないか?」
「ええ、見た目だけですけどね」
と、ムウは硝子のボウルの中から痛みのある苺を探し、右手でつかむ。
「おや。傷んだ苺はみんな弾いたと思ったのですけどねぇ」
「……それほどまでに傷んだものが入っておったのか?」
「美味しそうなものを選んだので、市場から白羊宮に運ぶ途中で潰れてしまったのですよ。柔らかいですから」
ここまで来ると、何故ムウが苺を用意したのか、シオンも理解することができた。
「シオン様ー、できましたよー」
能天気に両手を振る貴鬼。
ミッションを成し遂げた達成感で、とても満足そうである。
しかし、その笑顔は一瞬で凍り付く。
ひゅっと風を切る音が貴鬼の耳に届いた瞬間、目の前のクリスタルウォールは粉々に砕け散った。
「え」
突然の出来事に、現状を把握できない貴鬼。
一体、今何が起こったのか。
自分の作ったクリスタルウォールは、何故バラバラに砕けたのか。
呆然とする貴鬼に降り注ぐ、クリスタルウォールの破片。
クリスタルウォールは小宇宙を具現化させたものなので、硝子のように貴鬼を傷つける事はない。
「?」
と、サンダルを履いた貴鬼の足下に、コロコロと形の崩れた苺が転がってくる。
どうしてここに苺があるのか、咄嗟に理解できなくて唸ってしまう貴鬼であったが。
すぐに『犯人』がネタばらしをしてくれた。
作品名:楽しい羊一家 その1 作家名:あまみ