楽しい羊一家 その1
自由テキスト
「お疲れのようですねぇ」
居間のソファーで横になり、TVをつけたままスースー寝息を立てている師匠を見て、ムウはそうつぶやいた。
ここのところのシオンは多忙の極みであった。
多量の書類整理、スターヒルでの星の観測、アテナの付き添いで交渉ごとに出席、東京でグラード財団の仕事の手伝い……。
六割はアテナの私用とも言える用事であったが、それでも教皇たるものアテナからの命令は謹んで受けなくてはならない。
本日はそれらがようやく一段落つき、シオンは久しぶりに自宅で夕食を食べることができたのであった。
「やはり家で食す飯が一番美味い」
シオンは幸せそうな笑顔で、ムウの作ったきんぴらごぼうを口に運んだ。
きんぴらごぼう、鯵の塩焼き、青菜のごま和え、茄子のみそ汁を綺麗に平らげたシオンは居間のTVをつけると、クッションを枕にしてソファーの上に横になった。
「シオン様、食べてすぐに横になると牛になりますよ」
「私は羊故、斯様な心配はない」
「誰が上手い事おっしゃって下さいと申し上げましたか」
師の返答にクスリと笑う。
貴鬼はようやくシオンが家にいるのが嬉しいのか、シオンの足下に座って、今日あった事、ずっとシオンに教えたかった事などを一生懸命喋っている。
「それでシオン様~、アイオリアってば面白いんです」
「そうか……」
「ムウ様に今目玉焼きを習っているんですけど、全然上手にできないんですよ」
「それは不器用だ……な……」
語尾がフェードアウトしている。
どうしたのだろうと貴鬼が顔を覗き込むと、厳格で知られる聖域の教皇がスースーと寝息を立てていた。
「ムウ様ー、シオン様寝ちゃってます」
足音を立てないようにして居間から出、台所で洗い物をしているムウに近寄るとそっと囁いた。
皿を洗いかごの中に入れたムウは、シオン様も大変でしたからねぇ……と小声でつぶやくと、貴鬼にこう頼む。
「寝室から毛布を持ってきて、シオン様にかけてあげて下さい。あの様子では、多分朝まで起きないでしょうから」
「はぁい、ムウ様」
普段は元気に返す貴鬼だが、シオンに気を使って可聴域すれすれの声で返事をする。
「TVと灯りも消して下さいね」
「はぁい」
とことこと居間へ戻る貴鬼。
その背中を見送りながら、ムウは自分の子供時代を思い出していた。
修業時代、ジャミールの館で暮らしていた頃。
殺風景な部屋で本を読んでいたら修行の疲れだろうか、机の上に突っ伏して眠ってしまった。
翌朝、目が覚めると何故か自分のベッドの中におり、しかもきちんと毛布までかかっていた。
しきりに首をかしげるムウであったが、枕元に長い銀髪が落ちているのを発見し、この不思議現象の発生原因を悟った。
「……シオン様をベッドに運ぶのは、さすがに骨が折れますからねぇ」
毛布をかけるだけで勘弁して頂きましょう。
台所と居間の間のロールカーテンを落としたムウは、暗がりの中で眠る師におやすみなさいと声をかける。
返事はない。
ただシオンの寝息だけが、居間に響いていた。
作品名:楽しい羊一家 その1 作家名:あまみ