楽しい羊一家 その1
日常ワンカット 羊師弟編
「シオン様、お茶が入りました」
二階の自室で本を読んでいると、部屋口からムウの声がする。
シオンは本から目を離さずに、
「構わぬ、入れ」
「失礼します」
無駄のない動きで師の側に寄ると、邪魔にならない場所にそっとお茶を置く。
ムウはちらっと本の中身を横目でのぞいたが、読めない言葉で書いてあったので全く内容がわからなかった。
「何をお読みになっているのですか?シオン様」
「ああ、中世ヴェネツィアについて記された本だ」
ようやく顔を上げ、ムウと目を合わせる。
「先日教皇の間の書庫を覗いておったらな。斯様なものが出てきた故」
家に持ち帰って読んでいるというわけである。
「最近お食事の後、すぐにお部屋に戻ってしまうのはその本の『おかげ』ですか」
「そうとも言うな」
否定しない。
シオンは家族関係をとても大切にする人間なので、夕食の後も居間に残って貴鬼の勉強を見たり、一緒にテレビを見たりしていたのだが、ここのところさっさと部屋に戻ってしまう。
……どうしたのだろうと思っていたら、こういう事か。
子供時代のムウであれば書物に師を取られたと思って寂しがるのだろうが、今のムウは大人だ。
「シオン様は読書がお好きなのですね」
それで済んでしまう。
「シオン様、ご本も楽しそうですが、たまには貴鬼のことも構って差し上げて下さい。最近寂しそうにしていますので」
弟子の言葉に目を丸くするシオン。
眉と同じくらいに目が丸くなっているので、一瞬点が4つあるように見える。
だがすぐに微笑むと、
「然様か、留意する」
と、答えた。
作品名:楽しい羊一家 その1 作家名:あまみ