楽しい羊一家 その1
シオンはゴミ箱の中を覗いた際、自分の親友が何をやらかしたのか察したらしい。
これでは、ムウのお三時はないに違いない。
そう考えた教皇は貴鬼と散歩に出た際、孫弟子に気付かれぬようにこっそりアイスを買ったのであった。
ムウはシオンの手からアイスを受け取ると、
「では何故、三時の時に出して下さらなかったのですか?そのせいで、私のおやつは人参の尻尾になってしまったのですよ?」
師が自分のためにアイスを買ってきてくれたのは、素直に嬉しいと思う。
けれども、何故わざわざ自分の部屋の冷蔵庫にしまったのか。
買ってきてすぐに『お三時だ』と言って出せば、それで済んだのではなかったか。
そのような内容を、やや不満の見え隠れする口調で尋ねると、シオンは子供を諭すような顔つきでムウと目線を合わせた。
そして。
「お前に買ってきた氷菓子を出したならば、貴鬼が困るであろう?お前にお三時を譲られたと知ったら、貴鬼も無邪気ではいられまいて」
「ならば、シオン様が買ってきたアイスを、貴鬼に出して下されば良かったのです。シオン様が勿体振ってアイスを隠すから」
「お前の言にも一理あるが」
ムウの隣に腰掛けるシオン。その貌には、248歳とは思えぬような、やんちゃな笑みが浮かんでいる。
「大人の楽しみは、子供が寝た後の方が相応しいとは思わぬか?」
「何をおっしゃっているのですか」
プイと師から顔を背けて、アイスボールを口に運ぶムウ。
このアイスボール、濃厚でコクがあって、とても美味しい。
確かに、大人の贅沢といった趣のアイスである。
シオンは声を殺して笑うと、ややべとついた手指を濡れ布巾で拭った。
「言葉の通りよ。たまにはよかろうて」
「私は時々、シオン様のお考えがわからなくなることがあります」
口ではブーブー言いながらも、ムウはアイスをしきりについばんでいる。
「斯様な美味いものを夜中に食すのは、大人の特権よ」
顔を背けているのでわからないが、多分今のシオンはニヤニヤ笑っていることであろう。声の調子でわかる。
ムウは最後の一個を口の中に放り込むと、そっぽを向いたまま師に訊ねた。
「シオン様」
「何だ」
「シオン様はこのアイスを美味しいとおっしゃいましたが」
「ふむ。美味かったであろう?」
「ええ、とても美味しかったです。シオン様は甘いものがお嫌いなのに、どうしてこのアイスが美味しいとわかったのですか?」
ムウの声に、いつもの優雅な余裕がない。
同僚たちの前や、星矢達の前、いや、老師の前でさえ、優美に笑って余裕ある態度で応対することができるのに。
シオンと二人きりになると、修業時代に戻ってしまったかのように、やや早口になってしまう。
相手の言葉に、上手い返しが浮かばなくなる。
『黄金聖闘士・牡羊座のムウ』ではなく、『教皇シオンの弟子のムウ』になってしまう。
……こんなムウの姿、シオン以外は見ることはできないが。
「なぁに、乳脂肪分が高めのものを選んだまでよ。ものの本で、斯様な氷菓子の方が美味いと読んだのでな」
「ああ、そういうわけですか」
種を明かされると、納得すると同時に拍子抜けしてしまう。
確かに、今日のアイスはミルク分が濃くて美味しかった。
さて、アイスを食べ終えたところで、師に告げることがある。
ムウはようやく顔をシオンに向けると、白い頬をやや紅く染めながら、
「シオン様、アイスありがとうございます。ご馳走さまでした」
「美味かったのなら、何よりよ」
満足そうに笑うシオン。
その表情に、師の手の上で踊らされているのかも知れませんね…とぼやきたくなるムウであったが、子供時代の気持ちを抱えたまま、
子供時代の立場を保ったまま、師と『大人の楽しみ』を味わう時間を持つのも悪くはないな……と思い始めていた。
━━━━━大人の楽しみは、子供が寝た後で。
作品名:楽しい羊一家 その1 作家名:あまみ