楽しい羊一家 その1
疲れて帰ってきて居間のソファにごろんと横になるシオンの横で、貴鬼は本を読んだり、ゲームをして過ごす事が多かった。
多忙になるとシオンは2、3日白羊宮に帰ってこられなくなる。
なので帰宅してくれた日は嬉しくて嬉しくて、貴鬼はシオンべったりになってしまうのだ。
『ねぇねぇシオン様!』
会えなかった時間を埋めるように、貴鬼はシオンに話しかける。
今ムウに習っている事。
星矢達と遊んだ事。
通っているそろばん塾での事。
アフロディーテに教えてもらっている英会話の事。
色々、貴鬼はシオンに話したかった。
沢山、シオンと話したかった。
最初はちゃんと聞いてくれていたシオンだったが、段々と相槌を打つ声が低くなってきて、終いには眠っている。
「シオン様、寝ちゃやだーっ!!」
と、法衣の裾をつかんで起こすと、うっすらと目を開けてひどく怠そうな声で、
「……聞いておるよ。二桁の暗算まで習得したのであろう?」
「はい!それでオイラ……」
シオンが自分の話を聞いていてくれた事が嬉しくてまた話を続けようとするのだが、シオンの口から漏れるのは、相槌ではなく寝言である。
貴鬼には解らない外国語だったので、仕事の夢でも見ていたのかもしれない。
「……シオン様、オイラと喋っている時に寝ちゃってたのは、そういう理由なんですか」
「恐らく。只でさえ疲れて帰ってきているところに、家族が横にいてお喋りしているのは、シオン様には絶好のおやすみ環境でしょうから」
ムウがマグカップから立ち上る湯気を顎に当てながら、そう言う。
朝起きた時、誰かが同じ屋根の下にいる場所。
眠りに入る時、誰かの気配を感じられる場所。
それはシオンにとって、安心して眠りに就ける場所なのだ。
「そういう事なので、シオン様がテレビをつけていても、大目に見てあげて下さいね」
「はぁい、ムウ様」
貴鬼はマグカップの中身を全て飲み干すと、流しで洗い、洗いかごの中に置いた。
そしてムウに背中を向けたまま、
「あの、ムウ様」
「何でしょう」
「オイラも……ムウ様がいないときは一人で寝てたから、シオン様の気持ち、わかるんです」
一瞬、ムウの動きが止まる。
まさか貴鬼の口からこんな言葉が出るとは思わなかったと、言わんばかりの表情である。
しかしすぐにいつもの柔和な笑みを浮かべると、
「そうですか。今日はもう遅いですから、お前もおやすみなさい」
「はぁい、ムウ様。お風呂オイラが先でいいですか?」
「いいですよ。私は洗い物がありますので」
お茶を入れたティーポットやマグカップを洗うため、カタンと席を立つ。
貴鬼はそれを見届けた後、入浴の支度をして風呂場に向かった。
本当はシオンと一緒に入って、沢山話を聞いて欲しかったのだが、それは明日の朝にシオンが起きてからにしようと、居間から聞こえるシオンの寝言を聞いて思った。
「貴鬼……私がおらぬ間、どんな塩梅であったか?私に聞かせては、くれまいか?」
作品名:楽しい羊一家 その1 作家名:あまみ