振り返れば奴がいる 後編
こんな話をしていると、トーンの高い綺麗な声に名前を呼ばれる。
「星矢、アイオリア!」
視線を上げる二人。その先には、笑顔で手を振る瞬の姿があった。
……あんないい笑顔、初めて見たぞ、瞬。
星矢が思わずそう突っ込みたくなるくらいに、瞬の笑顔は輝いていた。
「おお、瞬か!それにダイダロス」
アイオリアは握手を求めるかのように、瞬に右手を差し出す。
ごくナチュラルな動きでそれを握った瞬は、
「お久しぶりですね、アイオリア。お元気そうで何よりです」
「お前も元気そうだな」
「ええ」
あまりにも綺麗な笑顔なので、近くにいた女子生徒からキャーッと声が上がる。
銀河戦争の際のギャラリーの反応を思い出して頂きたいが、中性的なルックスの瞬はとても女の子にモテた。
勿論、学校でも女子からの人気は高く、班組みなどがあると…瞬と同じグループになりたいがために、皆必死になるらしい。
そんな彼女たちに、
『瞬の想い人は、ボンテージファッションで鞭を振り回す年上の女性だぞ』
と教えてやりたい気もするが、それをやってしまったら女子生徒たちに泣かれる前に、半泣きの瞬と、どこかから沸いて出てきた一輝にボコボコにされるに違いない。
『……あの子たち、現実知ったら泣くだろうな』
瞬君可愛い!とキャーキャー声を上げる女子生徒を、星矢はやや同情のこもった視線で眺める。
「まさか、アイオリア様がいらっしゃるとは思いませんでした」
ダイダロスの言葉を受けたアイオリアは、そうか?と意外そうに問い返す。
「星矢は俺の弟分だからな」
はっきりとよどみなく、迷いなく、アイオリアは答える。
この時ダイダロスの頭の中に、アイオリアは星矢の師に懸想しているという聖域の噂が浮かんでいた。
そしてその相談をシャカに持ちかけているとも。
『その噂は本当だったか』
このアイオリアの様子を見た後では、それが噂ではないと誰もが確信することであろう。
「兄さんが来てもよかったのだが、生憎教皇の付き人で出張しているのでな」
「アイオロス様は次期教皇ですからね」
こうして黄金聖闘士と白銀聖闘士が会話を交わしていると、彼らに近付く人影。
「おお、アイオリア!久しぶりだな!」
トイレから出てきた辰巳が、二人に声をかける。
この時、アイオリアが微妙に目を逸らしていたのを、瞬は見逃さなかった。
『やっぱり……あまり好きじゃないのかな』
辰巳は、黄金聖闘士にはあまり好かれていない。
というのも、沙織の執事として『アテナの部下である黄金聖闘士』達に、それなりに高圧的な態度を取るからだ。
以前初対面のシオンにタメグチをきいてしまい、かなり気分を害したシオンに、
「私はアテナに忠誠を誓ってはおるが、貴様とは全く面識はあらぬ。この聖域で私に再び斯様な口を利いてみよ。死する刹那すら意識せぬまま、地獄へ送ってくれるわ」
ドスの聞いた声でこう囁かれ、それ以来シオンにだけは丁重な態度で接しているようだ。
「ああ、久しぶりだな」
そう応じるアイオリアの目は、どこか澱んでいた。
思わず息を飲むダイダロス。
人格者で知られたアイオリアにこんな表情をさせるなんて、一体辰巳は何をしたというのだ!
ここは、話を逸らす必要がある。
そう判断したダイダロスは一つ咳払いをすると、
「そちらは邪武の参観でしたな。どうでした?」
すると辰巳は相好を崩し、
「ああ、いい授業だった。将来が楽しみだ」
と、心底楽しげな口調で答えた。
その答えに一瞬だけアイオリアの表情が変わったような気がしたが、それは周りの人間の希望かも知れない。
「星矢、帰るぞ」
踵を返すアイオリア。
「ああ、うん」
星矢は曖昧に頷くと兄貴分の背中を追った。
作品名:振り返れば奴がいる 後編 作家名:あまみ