Racingholic
そしてそのシュラの願い通り、これからの3年間はレースファンにとっては黄金期といってもいいような、素晴らしいシーズンが待っていた。
ミハエル・シューマッハの永遠のライバル、フィンランド人のミカ・ハッキネンが遂に戦闘力のあるマシンを手に入れ、
チャンピオンシップ争いに加わってきたのである。
この頃はマクラーレンVSフェラーリの戦いであった。
シュラはぶっちゃけ、フェラーリファンではない。
むしろチームとしてはセナが走っていたということもあり、マクラーレンの方が好きなくらいだ。
それ故、フェラーリのシューマッハとマクラーレンのハッキネンの戦いに、シュラは全身の血液が沸き立つほどに興奮した。
シューマッハが勝っても、ハッキネンが勝っても、どちらでも気分は良かった。
どちらも文句の付けようのない素晴らしいドライバー。
クルサードが勝った時?ああ、別にそれはいいよ。
98年はハッキネンが悲願の初タイトルを手にする。
最終戦の鈴鹿で、チャンピオン争いのもう一人の主人公・シューマッハのマシンがストールしてしまったのだ。
だがハッキネンがタイトルを手にした後、パルクフェルメでシューマッハは笑顔を浮かべてハッキネンの元へ歩み寄った。
ハッキネンの戴冠を、心から祝福するように。
その光景のなんと美しいことか。
「ああ……」
シュラの頬に涙が伝う。
セナが冥界に赴いて4年。またF1で涙を流すことになるとは思わなかった。
しかもこの涙は、あの時のような悲しみの涙ではない。
心からの感動、感激の涙だった。
「俺は……F1が、レースが大好きだ」
すっかり吸い慣れたJPSを噴かしながら、シュラは心底思った。
99年はイギリスGPでシューマッハがクラッシュにより骨折。戦線から離れることとなってしまう。
その間はエディ・アーバインとミカ・サロでマクラーレンに挑んだが、シューマッハが『悪魔のように速い』と評したハッキネンを捉えることはできなかった。
最終戦鈴鹿サーキットでの日本GPでポールポジションを獲得したシューマッハだが、ハッキネンを防がなかった。
……いや、防げなかったと言うべきなのか。
もしミカ・ハッキネンではなくシューマッハ自身が優勝していれば、エディ・アーバインがフェラーリにチャンピオンシップをもたらすことになる。
それを嫌がったシューマッハが故意にハッキネンに先行を許したのではないかという噂もあるが、真相は闇の中である。
「F1って、そんなに面白いか?」
ミロはシュラのF1狂ぶりに首を傾げる。彼は元々スポーツの類いをあまり見ない。
プロレスや日本のアニメばかり見ているような印象である。
シュラは困ったように笑うと、
「興味のない奴に語っても鬱陶しく思われるだけだからな。だが俺は、F1が、レースが好きだ」
「そうか」
ミロはそこで話を切り上げると、宝瓶宮に向かった。
今カミュが聖域に駐留しているので、食事をどうにかしてもらう心づもりらしい。
カミュも大変だな……と、口の中で小さくつぶやいたシュラは、JPSの吸い殻を磨羯宮入り口に備え付けてある灰皿に落とす。
アイオリアやアルデバランは禁煙しろと会う度に言うが、煙草がないとどうにも落ち着かない体になってしまった。
「セナも罪作りな男だな。俺が煙草吸い始めたのは、あんたのせいなんだ」
紫煙を再び味わうべく、シュラは新しい煙草に火をつけた。
作品名:Racingholic 作家名:あまみ