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自分らしく
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彼方から 第二部 第八話

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 イルクの姿、言葉は、イザークに見えたり聴こえたりはしないが、イルクの方は彼の言葉を聞けるし、姿も見える。
 ノリコはイルクの答えを待っていた。

    …………
    そのはずなんですが

 イルクの表情が冴えない。
 彼の表情が気になりながらも、ノリコは言葉をそのまま伝える。

    分からなくなってきました
    アイツが 死に物狂いで邪魔しようとしています
    化物の今のスピード等 宿る魂に相当の苦痛を強いているはずです

「……って、イルク、言ってる」
「そうか……」
 険しい表情を見せる二人を、ノリコは少し不安げに見やった。

――つまり、祭壇の下にこの枝を植えられ、結界を解かれたら
 ――奴は大きな打撃を受けるというわけか……

「悠長に構えている暇はないということだな、おれに負ぶされ、ノリコ。そして、その精霊の誘導を、おれに指示して欲しい」
 ノリコに背を見せ、そう言ってくるイザーク。
「精神攻撃が得意な敵だ。ここまでは、おまえの気配で来れたが、帰り道には自信がない。おれには見えないが、精霊に頼るしかない」
 イザークは、ノリコが見上げている辺りの宙を見据え、
「できるだけ、集落までの最短距離を教えてくれ、イルク。化物に出くわしても構わん」
 恐らく聞いているであろう精霊に向かい、
「おれが……そいつを振り切って逃げてやる!」
 覚悟と決意を秘めた瞳で、そう言い切っていた。

   ************

「これが祭壇?」
「なんか……」
「きたねー、板っきれの集まりにしか見えねぇが」
 集落の中央辺りにその祭壇跡はあった。
 バラゴの言う通り、『祭壇』は既に朽ち果て、崩れてしまったのだろう。
 その場にあるのは、腐りかけた板切れが数枚……そして、元は何かを支えていたと思われる杭が数本、刺さっているだけだった。
 どのくらいの大きさのもので、どんな形をしていたものであったのだろうか……
 今は見る影もなく、過去の姿を想像することすら出来ない。
「でも、ここだよ。だって、地面の色が違うもの」
 戸惑う皆に、父アゴルに抱かれた占者、ジーナハースは確信に満ちた笑顔でそう言ってくる。
 この場所に先導してくれたジーナを見やった後、
「地面?」
「おれ達には分からんが……」
 ジェイダとコーリキが、改めて地面を見直してみるが、如何せん、どこも同じような色にしか見えない。
「他より、うんと輝いてるよ」
 至極当然のように、重ねてそう言ってくるジーナ。
だが、『普通』の人間である面々は、首を傾げて怪訝そうにするばかりだ。
 そんな中、エイジュは祭壇跡とみられる板の集まりの前にしゃがみ込むと、静かに地面に右手を当てた。
「……確かに、ここが祭壇だったようね」
「おっ、分かるのか?」
 バラゴの言葉に、
「地面の色とか、輝きとか――そういうのは分からないけれど、でもこの辺りの地中から、清浄な力の流れみたいなものは感じるわ」
 立ち上がりながら、エイジュはそう返す。
「ほぉー、能力者ってのは便利だな」
 感心しながら剣を抜き、
「で? この真ん中に掘るのが一番いいのか? 枝一本入るぐらいの穴でいいんだな、簡単な仕事だぜ」
 ジーナが予め示してくれた『祭壇跡』の中心に剣先を当て、掘り始めた。
 その様子を見ながら、穴掘りを彼一人に任せると、松明を持った面々は辺りを警戒し始める。
 エイジュも、辺りに気を配りながら、
「ジーナは本当に、優秀な占者なのね」
 と、微笑んだ。
「そうだろう?」
 アゴルが自慢げにそう言って、ジーナに微笑む。
「えへっ」
 ジーナも嬉しそうに、少しはにかみながら――エイジュに笑みを向けた後、父の首に腕を回してゆく。
 照れくさそうに甘えてくる娘の髪を、愛おしそうに撫でているアゴル。
 そんな親子の様子を横目で見ながら、ガーヤがスッとエイジュの傍までやってきて、
「ありゃ、半分親バカだね」
 と囁いてくる。
「フフッ……でも、彼女が優秀なのは、本当よ。ガーヤ」
 笑いを堪えながら、エイジュも囁き返した。
 順調に穴を掘り進めてゆくバラゴ、その後ろで、バーナダムが何かに気が付いたのか、頻りに、辺りを見回している。
「おい、何か変な音がしないか?」
「変な音……?」
 彼の言葉に、皆も辺りを見回すが、特にこれと言った変化はないように思える。
 その、『変な音』も、よく分からなかった。
 穴を掘る音に、掻き消されてしまっているのだろうか……
 仮に、皆にその音が聞こえたとしても、この深い霧では、音の正体まで掴むことは出来ないだろう。
「……気になるわね」
「何がだい?」
 エイジュの呟きに、ガーヤが問い返している。
「化物が、何の動きも見せないのが――よ」
「……そうだね、あたし達のこと諦めてくれたわけじゃあ、ないようだしね」
 ガーヤは、いまだ濃い霧に包まれている集落を見回して、エイジュの言葉に頷く。
「だが、この霧では、無闇に動く訳にもいかん。イザークがノリコを連れて、無事に戻ってくるのを待つしかない」
 二人の会話に、アゴルがそう言いながら加わってくる。
「やはり、そうなるかね」
「それまで、化物がおとなしくしてくれているとは、到底思えないわ」
「その時はその時だ。後手に回ってしまうことになるが、奴の出方を待つしかないだろう」
「……結局、あたし達は、待つしかないってわけだね」
 ガーヤの言葉に、エイジュとアゴルも頷くしかなかった。

 ズルズルと、地面を這う音がする。
 イザークに吹き飛ばされた化物が、千切れた体を寄せ集めようとしている。
 エイジュに粉砕され、皆に剣で切られ、細かくなってしまった体を、繋ぎ合わせようとしている。
 静かに、気取られぬように、化物は再び襲う準備を始めていた。

   *************

 ノリコを背に、イザークは凄まじい速さで、霧の濃い森の中を駆けてゆく。
「イザーク! も少し右っ! 化物が待ち伏せしてるって!」
 イルクの誘導する方向とその言葉を、ノリコが伝え、イザークが従う。
「もっと、もっと右! あっちも、こっちに合わせて、移動してるって!」
 ノリコも、イルクを見失わないよう、その言葉を聞き逃さないよう、必死にその姿を眼で追っている。
「イザーク! 目の前にっ!!」
 流れるように視界から消えてゆく森の木々の間に、あの、髪の毛の化物の姿がチラリと見えた。
 ノリコに精神攻撃を仕掛けた片割れが、行く手を遮るように触手を広げ、伸ばしてくる。
「わざわざ来てくれた、あんた達には悪いが……」
 イザークは化物を見据え、
「集落の方が心配なんだ、相手をしている暇がない!」
 そう言うと更にスピードを上げ、襲い掛かる化物の触手を、一気に抜き去っていた。
「きゃあ! 抜いた! 化物、抜いたよ! イザーク!!」
 追い縋ろうとする化物の触手が、瞬く間に後方に流れてゆく。
 それを振り返り確かめながら、ノリコはイザークのスピードに、改めて感嘆の声を上げた。
 
 ――樹海の時もそうだったけど
 ――やっぱり、イザークって凄い!

 ノリコは、彼の強さが自分のことのように誇らしく、嬉しかった。
 もう一人……