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自分らしく
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彼方から 第二部 第八話

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 イルクもまた、イザークの強さとスピードを『凄い』と、そう思っていた。

    しかし速い……
    こんなに速く走れる人間は 見たことがない

 だがそれは、ノリコのように素直なものではなく、疑念……
 何百年もの間、人々を見てきた大樹としての――精霊としての、疑惑。
 二人を集落へと誘導しながら、イルクはイザークの常人離れした能力に驚き、その驚きは、僅かではあるが、彼の心の隅に疑いを生じさせていた。


「変だ」
 疾走するイザークの背の上で、ノリコは辺りの様子の変化に気づいた。
「変だよイザーク、霧が……」
「ああ……どんどん霧が、薄くなってきている」
 さっきまで、ほとんど見ることの出来なかった森の奥の木々が、見え始めていた。
 ほんの数歩先が視認出来ないほどの濃さで立ち込めていた霧が、見る見るうちに薄くなってゆく。
「霧を作るエネルギーを、他へ向け始めたんだ。精霊の言う通り、奴は必死だ。覚悟しておけ、ノリコ。集落に着いても、奴はそうやすやすと、こちらの思い通りにさせてはくれないぞ」
「う……うん」
 イザークの口調から伝わってくる緊張感に、ノリコも、事はそう簡単には済まないのだと分かる。
 だとしても、自分のやるべきことは一つ……
 この手の中にある朝湯気の木の一枝を、祭壇まで持って行くこと。
 その祭壇の下に、この枝を植えること。
 精霊であるイルクが、力を発揮する為に――そうすることで『奴』が張った結界を解くために。
 ノリコは枝を持つ手に、力を籠めた。

   *************

   “ クアァァ 苦シイィィ ”
   “ モオ コレ以上 力ハ 出セナイ ”

   “ エエイ ウルサイ 魂ドモ ”
   “ 早ク 復活サセルンダ ”
   “ アノ枝ヲ ココヘ植エサセテ ナルモノカ! ”

“ 小賢シイ 人間ドモヲ 締メ殺セエ!! ”

 負の念の闇の中。
 魂たちが苦しんでいる。
 逃れることのできない、彼ら自身が作り出した拠り所の中。
 操り、エネルギーを利用する『奴』に命ぜられるまま、彼らは、どうすることも出来ない。
 イザークに吹き飛ばされた依り代を、寄せ集め、繋ぎ合わせ、何とか復活させようとしている……
 これまでにない、スピードで……エネルギーを絞り出して……



「いつの間にか、化物に囲まれているぞ!!」
 松明を翳し、バーナダムが叫んだ。 
「霧が晴れて、視界が広がったと思ったら……」
 蠢く化物を見回し、ガーヤが呟く。
 千切れ、粉砕され、切られたまま動かなかった化物の残骸が、寄せ集まり、体を繋げ、再びその触手を擡げてくる。
 その不気味な動きに、皆、表情が険しくなってゆく。
「やっぱしな……ンな簡単に済むはずないと思ってたんだ、おれァ」
 穴を掘っていた剣を化物へ向け、バラゴは祭壇を護るように身構える。
「火を嫌がるぞ! 掘った穴の周りに固まれっ!!」
 バーナダムやジェイダ親子たちが、松明を化物に向けながら、バラゴの掘った穴の周りへと集まってゆく。
 化物は、火を遠巻きにしながら、隙を見ては掘られた祭壇の穴へと、火を持たない他の面々へと攻撃を仕掛けようとする。
「アゴル、バラゴ、あなた達は下がって!」
「おうっ!」
「くっ……」
 エイジュの声に、松明を持たない二人は下がってゆく。
「流れてる……」
「え?」
 アゴルの腕の中、ジーナはバラゴの掘った穴をじっと見詰め、そう呟いた。
「掘った穴んとこ……エネルギーが流れてる」
 
 ――分かるのね……本当に優秀な占者だこと

 化物の触手を薙ぎ払いながら、エイジュは口元を緩めた。
 改めて、『あちら側』が能力を抑えた理由が分かる気がした。
 恐らく、ジーナは感じているはずだ。
 イザークの中に眠る『エネルギー』を――それが『何であるのか』、分からなくても……
 もしも、能力を抑えることなく、この化物を自分が全力で倒していたら……
 その『気』の波動を、凄まじい『エネルギー』を、彼女に感知されていたかもしれない。
 彼女は、ジーナは、イザークに感じたエネルギーとノリコを『占た』結果を、父アゴルに、何も言っていない。
 理由は分からないが、それは、今のところ賢明な判断だと言える。
 しかし、彼以外にも、凄まじい『エネルギー』の持ち主がいることを感知したら……二人のことを黙ったままでいるとは限らない、かも知れない。
 『あちら側』にしてみれば、用心するに越したことはない――というところなのだろう。
 
    ポツ……

「なに?」
 ガーヤが空を見上げる。

    ポツ……ポツ、ポツ

「また雨だっ!」
 バラゴがそう言ったと同時に、音を立て、土砂降りの雨が降り注いだ。
「あ……あ、火が消えるっ」
 激しい雨に、松明の火が今にも消えようとしている。
 バーナダムたちは手を翳したり、自らの体で覆ったりして、何とか火を保とうとするため、どうしても、化物に対抗し切れなくなってくる。
 その機を待っていたかのように、化物が触手を、ジワリと伸ばしてくる。
「化物が、迫ってきた……」
 まだ、火は消え切ってはいない。
 だが、このままでは、それも時間の問題だろう。
 にじり寄ってくる化物を見据え、アゴルが思わず、そう漏らした時だった。
「はぁっ!」
 エイジュの気合と共に、大きな氷の槍が四本、皆を囲むように、四方に突き刺さった。
「――っ! エイジュッ?」
 振り向くと、彼女は両手を空に向け、そのまま気を集中させている。
 地面に突き刺さった氷の槍の先から、中央に向けて氷の幕が広がり、やがて、槍を柱とした氷の屋根が出来上がった。
 バラゴが掘った祭壇の穴を中心として広がる円い屋根が、雨を一時的に凌いでくれる。
「凄い、凄いじゃないか、あんた!」
「……雨を、防いだ……」
 ガーヤが思わず、感嘆の声を上げていた。
 皆も驚きの表情で、エイジュが作り上げた氷の屋根を見上げている。
「な……長くは、持たないわ……雨が、つ、強すぎるっ!」
 苦しげな表情を見せるエイジュを見て、アゴルは氷の屋根の端を見やった。
 そこから滴る水滴の中には、きっと、エイジュの氷が溶けだしたものも入っているのだろう。
 屋根からは、細かく罅割れるような音が聞こえてくる。
「みんな、とにかく化物を近づけるなっ! イザークたちが戻ってくるまで、耐えるんだっ!」
 アゴルが檄を飛ばした。
「分かっているっ!」
「頑張ってくれ! エイジュッ!」
 アゴルも、ジーナを左腕に抱え直すと、その右手に剣を構えた。
 
 ――頼む、早く戻って来てくれっ!

 あとはもう、彼らの――イザークとノリコの一刻も早い到着を、待つしかなかった。

   *************

「くぅっ……ま――まだ、二人は来ないのっ!?」
 エイジュの額から汗が流れ落ちている。
 限界が近いのか、氷の屋根に掲げている両の手が、小刻みに震えている。
「きっともう少しだ! 耐えろよっ、エイジュッ!!」
 バラゴが、氷の屋根を維持している彼女に伸びる触手を切り払いながら、気休めに近い言葉を掛けてくる。
「くっ……」