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自分らしく
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彼方から 第二部 第八話

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 その言葉に頷きながらも、エイジュは苦しげな表情のまま、俯いてゆく。
 彼女の様子に、皆が、最悪の事態を脳裏に過らせ始めた時だった。
「おい! あれっ!」
 コーリキの指差すその方向に、攻撃する隙を窺うように触手をくねらせる化物の向こう、激しく降り続く雨の向こうに、人影が見えてきた。
「イザークとノリコだっ!!」
 二人の名に、エイジュはハッとして顔を上げ、唇を強く引き結ぶと気合を籠め直した。
 ざわざわと触手が蠢く。
 祭壇を護る面々を取り囲みながら、化物は触手を二人にも向けてきた。
「イザークッ!!」
 氷の屋根を維持しながら、苦し気にその名を呼ぶエイジュ。
 皆を取り囲む化物の、その上に見える氷で出来た屋根を一瞥し、
「やはり、こうなっていたか!」
 イザークは瞬時に状況を把握すると、
「ノリコ、降ろすぞ! これを……!」
 走ってきた勢いを急激に殺し、ノリコをその背から降ろしながら、彼女に持たせていた松明を受け取った。
 即座に、松明にその力で火を点ける。
 勢い良く燃え上がる松明をそのまま、化物に向かって投げつけた。
「ハァッ!」
 気を放ち、松明の火を一気に、化物の体に燃え広がらせる。
「うわっ!」
「火の勢いが……!?」
 エイジュの氷の屋根によって、辛うじて消えずに済んでいた他の面々の松明も、同じように燃え上がってゆく。
 イザークは燃える化物の前に立ち、両手を広げ更に気を集中させた。
 激しさを増す炎に焼かれ、依り代に巣食っていた魂たちが、苦しさから逃れ出てくる。
 依り代を保つためのエネルギーである魂たちが抜け、化物は急激にその力を失ってゆく。
 ガーヤ達を取り囲んでいたその体は、燃やされ、途切れ……
「道が、開いた!」
 人一人が通れるほどの間が、開いた。
 その間から、イザークの後ろに立つノリコの姿が見える。
 彼女の持つ枝が、ガーヤの眼に入ってくる。

 ――ノリコの持っているうす紫の枝は……あれは……

 ガーヤは咄嗟に、バラゴが掘った穴を指差し、
「ノリコ、ここだよ! ここが祭壇の下の、ど真ん中だ!!」
 そう叫んでいた。
「ノリコ! 頼むっ!!」
 更に雨の勢いが増してくる、イザークがその能力で起こしている火を、消し去ろうとでもいうのだろう。
 イザークはその雨に負けぬよう、更に気を籠める。
「おれは、火を起こすので精一杯だっ!!」
「うんっ!!」
――この枝をっ!!
 両手を広げ、化物を苦しめている炎に気を送りながら、イザークは辛そうに顔を歪める。
 ノリコは力強く彼の言葉に応えると、朝湯気の枝をその体で護るように抱え、イザークが開いてくれた道に向かって走り出した。
「火の勢いはおれが保つ! みんなは四方を囲んで、化物を近づけるなっ!! エイジュッ! もう少しの間、雨を防いでいてくれっ!!」
 燃え盛る化物の中に出来た道へと走りこんでゆくノリコを見やりながら、イザークは皆に指示を出してゆく。
「くぅぅっ!」
 エイジュは更に表情を歪め、それでも、氷の屋根を何とか保っている。
「おうっ!!」
 皆も、イザークの言葉に応じ、ノリコの邪魔をしようと近づく化物の触手をその松明で、そして剣で、退けてゆく。

   “ クソオォ 魂ドモメェ コノ程度ノ火デ逃ゲオッテェ ”

   “ ソノ枝ヲ 植エサセルナァ 魂ドモォ ”

   “ 火ノツイタソノ身ヲ アノ枝ニフリソソゲェ ”

   “ 火ヲツケテ 燃ヤシテシマウンダァ ”

「ノリコッ!」
 まるで意思を持ったかのように、化物に点けた火がバラバラとノリコに降り注いでゆくのを見て、イザークは思わず彼女の名を呼んでいた。
「大丈夫っ! この枝は、あたしの体で守るっ!!」
 ノリコは降り注がれる火の中、枝をその言葉通り、自身の体で覆い、守り、一気に走り抜けていった。
 祭壇跡はすぐ眼の前、バラゴが掘ってくれた穴が、すぐそこに見える。
 彼女の脳裏に、イルクの言葉が過っていた。

    ノリコ
    地の底には 人の目には見えない
    気の流れというものがあります

    大きな流れ 小さな流れ
    縦横無尽に走る その一つに
    ぼくの 朝湯気の木が立っています

    祭壇の下の土地は その同じ流れが
    地表近くに現れている場所です
    そこにぼくの分身の この枝を差し込んで下さい

 ノリコは枝を片手に持つと、飛び込むようにしてその穴に、気の流れが地表近くに現れているというその場所に、思い切り差し込んでいた。

 差し込まれた、朝湯気の木のそのひと枝から、眩い光が迸る。

    地の流れを通じて
    ぼくの本体のパワーが
    結界内に呼び込められるからです

 迸る光は、まるで新たな結界を作るかのように、差し込まれた枝を中心に丸く、広がってゆく。
「な……何だ、この光は……」
「ば……化物が、押しやられた……」
 光の広がりに逆らうことが出来ずに、あの髪の毛の化物が、魂たちの拠り所として作られた化物が、同心円状に退いてゆく。
「ちょっと……見てごらん」
 皆が、化物の動向に気を取られ、辺りを見回している中、ガーヤが光る朝湯気の枝を指差している。
 眩く煌めく光の中、枝から、一人の少年が姿を現していた。
 光に満ち溢れた少年の姿に、誰もが眼を奪われ、呆けたように見詰めている。

 ――あれが、ノリコの言っていた精霊……

 初めて見る精霊の姿に、イザークもただ、見入っていた。

 氷の屋根と柱となっていた槍が、消えてゆく。
 エイジュはその場にへたり込み、イルクを見上げていた。
「……まさか、本物の精霊と出会えるとはね」
 疲れ切ったように両手を地面に付き、微笑み、呟く。

 自分を見上げるイザークたちに、イルクは優しく、感謝を籠めて微笑みかけると、そのまま祈るように空を仰ぎ、瞼を閉じ、両手を捧げるように空へと向けた。

    大地よ……

 イルクの声が皆にも聞こえてくる。
 
    森の木々よ
    ぼくに力を貸して
    ぼくらの愛する……
    住人達を 救ってあげて……

 それは、心からの祈り、願い、想い……
 些細なことから互いに憎しみ合い、悲しみの連鎖から抜け出せず、操られていることにも気付かず、傷つけ合い、殺し合い――魂となっても尚、その負の念のエネルギーを利用され続ける、森の住人たち……
 長い間、魂のまま苦しむだけの彼らを、イルクはただ救いたかった。
 結界を張り、森に入った旅人を惑わせ、自らの力とし続ける『アイツ』から。
 精神を操り、心を操り、いがみ合わせ、負のエネルギーを利用していた『奴』から……

 大地の力が、森の力が、気の流れを通じてイルクに流れ込んでゆく。
 彼に、力を貸してくれる。
 その力の流れは風となり吹き廻り、『奴』の作った結界の中に充満してゆく。

    結界っ!!

 満ちた力を、森と大地が貸し与えてくれた力を、イルクはその身に集約し、一気に解き放った。

    散っ!!

 風が、強い風が吹き流れてゆく。