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自分らしく
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彼方から 第二部 第八話

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 だが、エイジュは自分の感覚が発する警告が、どうしても引っ掛かっていた。

 ――気のせい、だったのだろうか……

 イザークも同じように、今、通ったばかりの細い国境を振り返っている。

 ――今のおれは、力のコントロールがおかしくなっている
 ――その自信の無さが、招いた錯覚だったのか……

 何事もなく無事、通れたことで、感じていた胸騒ぎを『錯覚』と、そう思い始めていた――そうであれば良いと……
 隣で、ホッとしたように笑みを浮かべ歩くノリコを見やりながら、イザークも皆と同じように気を抜き始めていた。
 皆、当初の目的通り、ガーヤの姉がいる首都セレナグゼナに向けて、歩き始める。
 これで本当に、『難所』は全て越えたのだと……『危機』は、脱したのだと。



「……?」
 エイジュはふと、空を見上げた。
 どこか遠くで、翼の羽搏きが聴こえたような、そんな気がしたからだ。

       “ 来タゾ ”

          “ 来タゾ ”

 纏わり付くような閉塞感が、また、感じられる……

 ――これ、は……

 ハッとして振り返った時はもう、遅かった。

 ゴオォォォッ    

「うわっ!!」
 大きな羽搏きの音と共に、いきなり吹いてきた凄まじい風圧に皆後ろから押し倒され、同時に舞い上がった土埃に一瞬、視界を奪われていた。
「ノリコッ! イザークッ!!」
 風圧に耐え、立っていたバラゴとエイジュが、空を見上げ腕を伸ばし、叫んでいる。

         “ ク……ク ソウダ ”

    “ ソノ二人ガ……オマエノ敵 ダ…… ”

           “ オマエノ 大事ナ ”

      “ 卵ヲ 狙ウ者 ダ ”

   ケエェェェッ―――!

 鋭い嘴を大きく開き、威嚇する為であろう……猛々しい鳴き声を上げ、睨みつけてくる大きな……とても大きな鳥。
 上空から一気に降下し、両足で易々とイザークとノリコを鷲掴みにしてゆく。
 一度、大きく羽搏いただけで、その身を誰も手の届かない宙空へと、二人を掴んだまま舞い上がらせた。
「大岩鳥だっ!」
「人間は決して襲わないのに! 何故……」
 ジェイダとガーヤが、大鳥を見やり、そう叫んだ。
「今はそんなこと、どうでも良いことよっ!」
 エイジュが怒鳴りながら、崖際へと走り寄ってゆく。
 大岩鳥が翼を翻し、二人を掴んだまま飛び去ろうとしている。
「ああっ、二人がっ!」
「思い通りにはさせないわっ!!」
 まだ、視界に捉えられる距離にいる大岩鳥を見据え、エイジュがその左手に氷の槍を作り上げる。
「――っ! 止せっ!! 二人に当たったらどうするっ!」
 アゴルが、彼女が何をしようとしているのか気付き、ジーナを庇いながらそう叫んだ。
「このまま放っておけというのっ!? それこそ、二人の身に……」
 アゴルの言葉を無視して、氷の槍を飛び去る大岩鳥に投げつけようと、エイジュが振り被った時だった。
 左手の中から、氷の槍が突如、消え去った。
「……? エイジュ?」
 そのまま、動きを止めてしまうエイジュ。
「――くっ……」
 いきなり胸を抑え、体を屈め、苦し気に体を震わせ始めた。
「ど、どうしたっ!」
 バラゴが焦ったように、体を屈めるエイジュに駆け寄る。
「痛ぅっ……」
 激しい痛みに襲われ、エイジュはそのまま――胸を抑えたまま、地面に膝をつき、ゆっくりと倒れこんでいった。
「エイジュッ!!」
 皆が彼女の名を呼びながら集まってくる。
「だ、大丈夫かいっ!?」
 苦しげな表情のまま、胸を抑え込んで倒れ、体を震わすエイジュの背中を、ガーヤが擦り始める。
「……イザークの時と、同じか?」
「ああ……あんた、イザークが倒れたとこ、見てたんだったね」
 アゴルがジーナを連れ、彼女の傍らにしゃがみ込み、そう声を掛ける。
 エイジュの背中を擦りながら、ガーヤがふと気づいたようにそう言ってきた。
 彼女は薄く目を開けると、アゴルに向かって頷いた。
 その額にはじっとりと、脂汗が浮いている。
「力を――使い、過ぎた――だけ……暫く……休めば、大……丈夫」
「……能力者ってのは、みんな、そうなのかい?」
 蒼褪めた顔色のまま、片手を地面に着き、体を起こそうとするエイジュを介助しながら、ガーヤがそう訊ねる。
「お、おい、大丈夫かよ、無理すんじゃねぇよ」
彼女の顔色に、バラゴが寝ていろとでも言うように両手で制してくる。
「大、丈夫……大丈夫よ……人に、依る――と思うわ」
 エイジュは大きく、ゆっくりと深呼吸を繰り返すと、ガーヤにそう応え、声を掛けてくれたバラゴを安心させるかのように笑みを返した。
 眉を顰め、苦しげではあるが、それでも笑みを見せてくれたことで皆一様にホッとした表情を見せる。
「あたしも、ここまで――力を使ったのは……初めてのこと、だったものだから……悪いけれど……このまま少し、休ませてもらうわ……」
「ああ……」
 誰に言うでもなく、呟くように断りを入れるエイジュに短く言葉を返したのは、アゴルだった。
 二人を捉えた大岩鳥が飛び去った方を睨むように見据え、エイジュは地面に着いた片手を強く、握り締める。
 荒れ地の固い地面を抉り、指の痕を残す程に……
「…………」
 アゴルは抉られた地面を一瞥した後、エイジュの傍らにしゃがみ込んだまま、そっと、彼女の横顔を盗み見ていた。


 ――どうして……

 まだ、胸が痛む。
 エイジュは上着の、胸の辺りを握り締め、唇を噛んだ。

 ――どうして、『あちら側』が干渉してくるの!?

 あのまま、氷の槍を放っていれば、確実に大岩鳥を仕留めることが出来た。
 そうすれば、二人は確実に助かっていたのに……
 一瞬、息が止まるほどの痛みに襲われ、氷槍は消滅させられていた。

 ――このまま、放っておけというの? 護らなくて良いと……そう言うの!?
 ――あの鳥は『アイツ』が、魔の森のあの魔物が、操っているのでしょう?
 ――自分の棲み処を壊したあの二人に、仕返しをしに、来たのでしょう?!
 ――今の、この状況が、二人に必要なことだと……?

 まるで、彼女が正解に辿り着いたのを見計らったかのように、胸の痛みがゆっくりと引いてゆく。

 ――『鳥……』『殺す……』『いけない……』
 ――『操られている……』

 ゆっくりと揺らぐような『あちら側』の言葉。
 魔物に操られているだけなのだから、無闇に殺すなとそう言っているようだった。
 確かに、自然の理の中であの鳥が、人を襲うことなどないのだから、それは分かるが……
 だが、あの二人の命は、何よりも優先されるべきではないのか……?
 その為に、自分は『存在』しているのではないのか……?
 今は……であろうが……

 ――二人は、大丈夫なのね……?

 自らの存在理由に基づき、エイジュは『あちら側』にそう訊ねた。
 この質問をするのは、何度目だろう……そう思いながら。

 ――『大丈夫……』
 ――『占者……』『占う……』『二人……』『会える……』

 ――……分かったわ

 引いてゆく痛みと共に返ってくる『あちら側』の答えに、エイジュは一度俯き、大きく息を吐いた。