BYAKUYA-the Withered Lilac-3
「黙って聞いてりゃ、なめた口利きやがって。お嬢、いや、てめぇの姉貴守ってやってたってのに……最近のガキは礼の一つも言えねえのか?」
ビャクヤは目を丸くする。
「守ってた? これで?」
ビャクヤはツクヨミを一瞥した。
「お漏らしするくらいに怯えてるのに。キミは姉さんを守ってたって。それでも言えるのかい? さすがに僕が見た夢でも。姉さんはここまで無様な姿にはなってなかったよ? 本当はさっきのセミと同じように。姉さんをいじめてたんじゃないのかい?」
ゴルドーはだんだんと、ビャクヤと問答していても無駄だと思い始めた。
「……これ以上は埒が明かねぇ。小僧、てめぇの姉貴探しに来たんだったら、とっとと連れて帰りな。ちょいとばかり殴ってやりてえ所だが、俺にはそんな暇はない。あばよ」
大の大人が、子供相手に本気で怒るのもどうかと思い、ゴルドーは、これ以上ビャクヤに関わらないことにした。
「あーらら。待ちなよ。僕から逃げられるとでも思っているのかい? 僕は何者であれ。姉さんに危害を加える者は許さない。現にキミは姉さんを恐怖のどん底まで陥れた。それだけで万死に値するよ」
ゴルドーは、黙りを決め込んでいる。しかし次の瞬間、ゴルドーの前に一筋の光が走った。
「これは……!?」
ゴルドーは足を止める。そして良く見ると、光輝くものは、放射状に広がるピアノ線のようなものだった。
「逃げ場はもうないよ。キミは既に僕の巣網にかかってるんだ。そう。キミは『まな板の上の鯉』ってやつさ。大人しく鯉こくになってよ……って鯉こくってどんな料理か知らないけどね」
ピアノ線のような強度を誇るビャクヤの糸は、既に辺り一体に光っていた。ゾハルがかかったのは、それらの内のどれかだった。
いよいよゴルドーも、戦わざるをえない状況となってしまう。
「仕方ねぇな……」
ゴルドーは、大鎌を顕現させた。
「ちぃとばかし、痛い目見なきゃわかんねぇようだな。あまり大人を舐めねぇ方がいいってこと、味わってもらうぜ? それから、俺はまだオッサンって歳じゃねぇぞ」
「あはは。聞こえてたんだ。まあいいや。少しは楽しませてよね。おじさん!」
ビャクヤは、背中の八本の鉤爪を威嚇するように広げた。
「ぬかしやがれ、行くぜ!」
ゴルドーは、先制攻撃を仕掛ける。
「モータルスライド!」
ゴルドーは大鎌の柄先を逆手に持ち、突き出してビャクヤを鎌の刃に引っかけ、瞬時に懐へと柄を引く。
「そんなの……!」
ビャクヤは鉤爪を半分折り畳み、鎌の刃を防ぐ。斬激を防ぐものの、鎌を引っかけられため、ビャクヤはゴルドーの剛腕に引き寄せられる。
「足元がお留守だぜぇ!?」
「んなっ!?」
ゴルドーは、スライディングするようにして、ビャクヤの足を払った。
下からの思いがけない攻撃に、ビャクヤは対応できず、体勢を崩してしまった。
「そらそらどうしたぁ! もうダウンかい!?」
ゴルドーは立ちあがり、更なるダメージを与えようと、ビャクヤへと追撃を加えようとする。
「あーらよ……!」
ビャクヤは体をバネのように縮め、宙に向かって両足を一気に伸ばし
、その反動によって飛び起きた。
ビャクヤは見事な受け身よって、ゴルドーの追撃を止めさせた。
「ほう、お前さん、その動き……ただ能力に頼りきりってワケじゃあなさそうだな?」
「あははは。毎日毎日。そこでちびってる姉様に。投げられ続けたからね。運動神経はそうとう鍛えられたと思うよ」
「なるほどな。こりゃあ、退屈せずにすみそうだ。だが、我が魔鎌(まれん)、刈り取るは敵の魂。『強欲』の名は伊達じゃないぜぇ? 一つ残らず刈り取ってやる!」
「そうかいそうかい。それじゃ。今度はこっちから行かせてもらうよ!」
ビャクヤは仕掛けた。
「どう料理しよう?」
鞭のようにしなりつつも、刃として十分な切れ味を誇る変幻自在な鉤爪が、ゴルドーに襲いかかる。
「ほう……!」
ゴルドーは、腕に顕現を纏わせ、上下から襲い来るビャクヤの鉤爪を防ぐ。
「この辺に……」
ビャクヤは鉤爪を引き、手を開いて網を張った。
「っ!? これは……!」
ゴルドーは、顕現の働く腕を盾にしてビャクヤの罠を防ぐが、異変を感じた。
「……仕込んでおこうかな?」
ビャクヤはもう片方の手も広げ、巣網の罠をゴルドーにぶつける。
ゴルドーの感じた異変は、次第に表に現れてきた。
「くっ……クソ……!」
ビャクヤの攻撃、特にも蜘蛛の巣のような罠を受け止める度に、ゴルドーの顕現が奪われていく。腕に纏った顕現が徐々に薄れていく。
「ほらほら! いつまで耐えられるかな!?」
「ぐっ!」
ゴルドーの守りは消えてしまい、腕を少し切られて血を噴いた。
「こっちだ!」
ゴルドーは堪りかね、一先ずビャクヤから距離を離した。
「おっとと……」
ガードを崩されて怯むゴルドーを掴もうとしていたビャクヤだが、ゴルドーのとっさの回避行動によって、その手は虚空を切った。
ゴルドーは、顕現を消され、血の溢れる腕を押さえながらビャクヤを見据える。
「お前さんのその力……確信したぜ。そのツメ、いや、糸の方だな。顕現を吸い取る力がある。そうだろう?」
「へえ……だいたいのやつらは僕の巣網にかかると。冷静さを無くすんだけど。キミは違うみたいだね。その通りさ。この糸は食事のためのものさ。顕現を奪って僕の糧とする。キミも大人しく僕の一部になりなよ」
「なるほどな。けど顕現を喰えるのはお前さんだけじゃないぜ?」
ゴルドーは、一気に間合いを詰めた。圧倒していたと思っていたビャクヤは、不意を突かれ、ゴルドーの接近を許してしまう。
「覚悟しな……!」
ゴルドーはビャクヤを鷲掴みし、引き寄せると、ずっとコートのポケットに入れていた右手を出した。
「なっ!?」
ゴルドーの右手は、顕現によって変化したものだった。爪がまるで毛髪のように垂れるほどに長く、いかにも妖しい、紫色をしていた。
「俺の一部となれ!」
その爪は、見た目に反して非常に鋭く、ビャクヤの胸ぐらに深く突き刺さった。
「アシミレイション(いただきだ)!」
突き刺されるビャクヤであったが、血は一切出ていない。その代わりにビャクヤからは、別のものが噴き、ゴルドーはそれを掴み取っていた。
それはまるで、人魂のように浮遊し、燃え盛っていた。ゴルドーはそれを、爪を通して自らの中に取り込んだ。
「ぐはっ! くっ……!」
出血こそしていないものの、ビャクヤの胸には、まともにパンチを食らったような衝撃があった。
一時的な呼吸困難にくずおれるビャクヤだったが、これ以上追撃を食らわぬよう、ゴルドーに向かって鉤爪を伸ばした。
「分かりやすいぜ!」
ゴルドーは鉤爪をひらりとかわす。
「ごほっ……ごほっ……今のは。一体……?」
「さっきも言っただろ? 顕現を喰えるのはてめぇだけじゃないってな」
「……顕現を? ……っは!?」
ビャクヤは、己が身を通して何が起こったのか、そしてゴルドーの言葉の意味を理解する。
ビャクヤは、自身に宿る顕現が弱まっているのを感じた。先ほどの攻撃により、ゴルドーに奪われたのだと分かるのに時間はかからなかった。
作品名:BYAKUYA-the Withered Lilac-3 作家名:綾田宗