なんどのぼうけん 1
さらっとカロンは言うと、船を岸に寄せた。思わず顔を顰める邪武。彼もアケローン河の渡し船の話は聞いている。
「で、お前ら聖闘士が何でこんなところにいるんだぁ?」
すると二人は非常に困ったような顔で、
「わかっていたら、とっくに帰ってる」
「オイラもよくわかんない」
と言い出す始末だ。カロンは呆れたように息を吐くと、
「自分で来といてわかんないってこたぁねーだろ」
「でも、本当にわかんねーんだよ!」
邪武は唾を飛ばして言い返す。カロンはわかったわかったと宥めるが、納得した様子ではない。
「……オルフェといい、こいつらといい、全く聖闘士って奴は……」
ブツクサ呟くカロン。あの花畑の住民も、相当無茶苦茶な男だった。
お気に入りのミュージシャンや音楽家をカロンが船に乗せようものなら、
『君、自分が何したのか、わかってるんだろうね?』
と貼付けたような笑みを浮かべて、カロンをボコボコにしてくれる。
……ああいう性格の奴しか、聖闘士になれないのだろうか。
「おっさん、何か言ったか?」
「俺はおっさんじゃねぇ!」
唾を飛ばして怒鳴るカロンであったが、13歳の邪武からすると33歳のカロンは十分おっさんらしい。
「……てかよぉ、冥界の奥に行って、どうするつもりだ?」
「あそこから帰れねぇんだから、他の方法探すしかねーだろ」
イライラした様子で地面を蹴り飛ばす邪武。
カロンはあーそーだなと間延びした返事をした後、
「まぁ、こっちにはオルフェが居るからな。一緒に帰ってもらったらどうだ?」
「あ、そっか」
パッと表情が明るくなる貴鬼。そうだ。冥界には一応聖域の関係者が暮らしているのである。
黄金聖闘士にも並ぶといわれる実力と、非常に問題のある人間性を兼ね備えた、彼が。
「オルフェはしょっちゅう地上来てるもんね」
「そうそう」
大きく頷くカロン。
音楽の才能と戦闘力は文句無しなのだが、人間性に若干どころでない問題を抱えた聖闘士の名を出すと、カロンはしみじみと、大きく、そして感慨深く頷いた。
この様子では、普段からオルフェに酷い目に遭わされているのだなと、邪武も貴鬼も推測した。
「じゃ」
と、カロンは櫂を構え、二人に告げる。
「お客さん、向こう岸までの運賃を頂きましょかね?ただ乗り、後払い、ツケはききませんぜ」
そう、カロンは前払いでのみ渡し船を出す。すると貴鬼はポケットをガサガサと漁った。
中から小さな金属の欠片のようなものを取り出すとカロンに渡すと、三段跳びのような動きで船に乗り込む。
「それだけあれば、お釣りも来ると思うんだ」
妙に自信たっぷりな様子の貴鬼。カロンは光に漉かすようにその欠片を掲げて、じっくりと眺める。冥衣のゴーグル越しに鑑定をしようとでもいうのか。
「へぇ、こいつはオリハルコンか」
「え!?」
思わず大声を上げてしまう邪武。どうしてこいつはこんなものを持っているんだ!?
もの言いたげな視線を向けると、
「さっきまで聖衣修復のお手伝いをしてたから、道具についていたオリハルコンがポケットの中に入っちゃったみたい」
「ああ、成る程なぁ」
納得して頷く。カロンが早く乗れや!と急かすので、慌てて船に飛び乗ると、貴鬼の隣に座った。
渡し守の歌うあまり上手ではないカンツォーネを聴きながら、船はゆっくりと対岸へ向かう。
邪武は声を顰めると、貴鬼に囁いた。
「でもよ、貴鬼。緊急とはいえ、オリハルコンを渡しちまっていいのかよ。ムウや教皇様から怒られねーか?」
すると貴鬼は表情を沈ませる。
「う……うん。オイラもよくないことかもなーって思うけど、オイラお金持ってないもん。邪武は?」
「財布の中に三千円入ってるきりだよ……」
中学生なのだ。その程度を持ち歩くのがせいぜいだ。
「それに……」
貴鬼はその愛らしい顔に満面の笑みを浮かべて日本語で言った。しょっちゅう日本に来ているので、日常会話は不自由なくできるのだ。
「いざとなったらオルフェに頼んで、取り返してもらえばいいもん」
「……ひでぇ」
げんなりと肩を落とす邪武。あの師匠にしてこの弟子ありだ。
カンツォーネを歌っていたカロンも二人の会話が気になったのか、一時歌を止めてこっちに向いた。
「おい、お前ら。何か言ったか?わかんねー国の言葉を喋るなよ」
「ああ、悪い」
そう言って詫びる邪武。この謝罪には二重の意味が込められていたことに、カロンは気付かなかった。
やがて船は対岸にたどり着く。
以前ならここで、『渡し賃が足らねーよ』と喧嘩を吹っかけていたカロンだったが、現在冥界と聖域の間には不戦条約が結ばれている。それに加え邪武が船上での世間話で、
「こいつ、教皇の孫弟子で、黄金聖闘士牡羊座のムウの弟子」
と教えたら、らしくもなくビビりまくって、何もしなかった。
どうやら前世か何かで、牡羊座の黄金聖闘士に酷い目に遭わされたらしい。
「オルフェん家はここからそんなに遠くねぇ場所にあるから。裁きの館に行って、ルネって奴に教えてもらえ」
親切にそう言い残したカロンは、再び櫂を漕いで河面へ出てしまった。対岸にカードを散らかしたままなのだ。
気の利くスケルトンが居れば片付けてくれるかも知れないが、カロンは部下にそこまでの期待をかけてはいなかった。
霧の中にカロンの姿を見送った邪武と貴鬼は、先を急いだ。
早く地上に戻りたい。そのためには、一刻でも早くオルフェに会いに行かなければならない。
作品名:なんどのぼうけん 1 作家名:あまみ