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なんどのぼうけん 2

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確かにこの女の言動にはひどく腹が立ち、できることならボッコボコにしてやりたいと思うが、この冥闘士に手を出すような度胸は、邪武には無い。彼とて、自分とこの女冥闘士の実力差を弁えているからだ。
なのに貴鬼は……。
果敢というか、無謀というか、とにかくこの冥闘士に挑みかかった。何がこの子供をここまで駆り立てたのか。
答えは、すぐに分かった。
「黙れ!このおとこんな!皆のこと、シオン様のこと全然知らないくせに、そんなこと言うな!このペチャパイ!!」
納得する邪武。
胸の中の引っかかりがストンと音を立てて綺麗に落ちたような、そんな心境だった。
涙で顔をグチャグチャにした貴鬼は、花の上で尻餅付いている格好のクイーンに向かい詰るように告げる。
「シオン様やみんなが、どんな気持ちでお前たちの手先になったか、分かんないだろ!」

『我々はこの先永遠に裏切り者と呼ばれても構わぬ。己の名誉よりも大事なものが、ある』

風呂の中でそう語ったシオンの表情を、貴鬼は今でも覚えている。
強い決意と、耐え難い苦しみと、それでも守るべきアテナへの忠誠と、平和への愛と……。
その全ての感情を抱え、シオンたちはハーデスの走狗となり、最も愛し、尊ぶべきものに拳を向けたのだ。
貴鬼はその話を聞いた夜、一階の寝室で泣いた。
シオンたちはそんな苦しみや痛みを抱えてまで、この地上を守ろう、アテナを守ろうとしていたことを知り、泣いた。
ムウは隣のベッドで弟子が枕に顔を押し付けて泣きじゃくるのを、始めはそっと見ていたが、静かに貴鬼の枕元に腰掛けると、優しく語りかけた。
「……シオン様も、サガやカミュ、シュラ、デスマスクもアフロディーテも、真の聖闘士ですよ。まぁ、デスマスクからは若干……個人的な恨みを感じたので、それ相応のことはしましたが」
それを聞き、プッと貴鬼は笑う。
「そうなんですか。デスマスクは演技じゃなかったんですか?」
泣き腫らした目を、師に向ける貴鬼。
ムウは柔和な笑みを浮かべながら、小さく頷く。
「ええ。厳密に言うなら、演技にかこつけて、必要以上に殴ったという感じでしょうか」
そう語るムウの目は、笑っていなかった。
「まぁ、それは余談として。シオン様は死しても聖闘士としての使命を全うしたのです。だからお前は、そんな素晴らしい方の孫弟子であることを、誇りに思いなさい」
ムウが枕元から離れたので、ベッドのスプリングが微かに揺れる。
自分のベッドに戻ったムウは毛布を被りながら、
「私も、心からシオン様を誇りに思っていますよ」
「オイラも、シオン様だーいすき」
語尾にハートマークがつきそうな口調で、貴鬼は言い切る。
ムウはその様を微笑ましげに見つめると、口の中で何かを呟き目を閉じた……。

そう、貴鬼の大好きなおじいちゃんを、この女冥闘士は侮辱したのである。
黙って見ていられるはず、無かった。
しかしクイーンも、やられっ放しというのは性に合わなかった。
「言うな、小僧」
「!」
一瞬のうちに貴鬼の胸倉をつかみあげると、そのまま振り下ろすかのように地面に叩き付けた。
「ぎゃん!」
あまりにも速く、受け身が取れない。花の中に埋もれる貴鬼に邪武が駆け寄る。
「おい、貴鬼。大丈夫か?」
「ううう……」
よろよろと起き上がる。アイザックにやられた時ほど、ダメージは深くない。
「だ、大丈夫。投げられただけだもん……」
「お前、よくあんなこと言っちまったな」
感心するのか、おののいているのか、邪武は今ひとつ自分でも分かっていない。
同じ立場になった時、自分は貴鬼と同じ真似ができるのだろうか?それを考える。
貴鬼は顔に付いた土と花びらを手で拭うと、
「だって……シオン様のことをあんな風に言われるなんて、オイラ……許せなかったんだもん」
言葉の端々に滲む、大好きなおじいちゃんへの思い。
邪武はそっか……とポンと貴鬼の頭に手をやると、ニッと笑って、
「機会があったら、今のことを教皇様に伝えてやるよ」
「えー」
赤面する貴鬼。自分で言うのは照れないけれど、人伝に言われるのはなんか恥ずかしい。
……そう二人でホノボノしていると。
「この私にあんな真似をしておいて、これだけで済むと思ったか?」
二人の背後に迫る、殺気を孕んだ強大な小宇宙。邪武と貴鬼が怖ず怖ずと振り向くと、そこには。
それはそれは凶悪な小宇宙を吹き出した、それはそれは凶悪な形相のクイーンが、花を踏み荒らしながら二人ににじり寄ってきていた。
「…………」
思わず言葉を失う邪武。小宇宙から推測できる相手の実力に、彼は完全に気圧されていた。
ヤバい、勝てない。どう間違っても、勝てない。
近所のフットサルチームの小学生が、サッカーブラジル代表に挑む程度に、勝てない。
クイーンは両手を頭上に掲げつつ、剣呑な口調で、
「先程は……よくも私のことをペチャパイと言ったな」
「怒るポイントはそこなのか」
この様子を傍観していたファラオだったが、クイーンのキレたポイントには苦笑いせざるを得なかった。
聖域と冥界には、不戦条約が締結されているため、聖闘士と冥闘士は争うことはタブーとされているが。
『今のクイーンにそれを言ったら、私まで巻き添えを食らいそうだしな』
この先も傍観を決め込むことにするファラオ。面倒ごとには首を突っ込まないに限る。
その視線の先には冷や汗をかいている青銅聖闘士と、クリスタルウォールの『構え』だけの子供、そして危険な小宇宙を高め続けているクイーンがいる。
「死して詫びろ!ブラッドフラウワ……」
冥闘士の断首の小宇宙が爆発しようとしたその時!

ぽろん♪

やけに軽快な琴の音が、花畑内に響く。
作品名:なんどのぼうけん 2 作家名:あまみ