なんどのぼうけん 2
「!!」
クイーンの小宇宙に横槍が入り、技は発動する前に消える。
「……ほぉ」
どことなくホッとしたような表情のファラオ。
傍観を決め込むことにしたものも、やはり目の前でタブーが起きるのはあまり良い気分ではない。
クイーンは自分の技が突如封じられたことに戸惑いを隠せない様子だった。
一体、何が……。
「ったく、人の家の周りで何をやっているんだ」
クイーンの技を封じた張本人は、整った顔に渋面を浮かべると花畑の轍を眺める。
「クイーン、何度も言っているだろう。この花畑にバイク乗り入れるなって」
クイーンはようやく犯人の正体に気付くと、ひどくイライラした口調で、
「貴様が邪魔をしたのか、オルフェ」
第二獄の花畑の住人、冥界在住ミュージシャン聖闘士・琴座のオルフェは軽く肩を竦めると、
「聖闘士と冥闘士の戦いは、今は御法度だ。お前もそれは知っているだろう」
その言葉に唇をかむクイーン。反論できない。
「大事になる前に止めたのだから、感謝して欲しいね。そんなことより……」
腰が抜けたようにへたり込んでいる邪武と貴鬼に近付くオルフェ。二人がこうなってしまうのも仕方ない。
クイーンは黄金聖闘士クラスでどうにか相手が務まるほどの戦士なのだから。青銅聖闘士と聖闘士候補生では、対峙するのが精一杯だった筈だ。
「大丈夫か?」
膝をつき視線を下げ、二人に問いかける。
貴鬼はようやく知った顔に会えたためホッとしたのか、顔をグチャグチャにして泣き始めた。
「うわぁぁぁーーーーん!!」
「さっきまでクイーンの相手をしていたとは思えないな……」
困ったように笑うミュージシャンに、ユニコーンの聖闘士は少々遠慮がちに訊ねる。
「……あんたが、オルフェか?」
「そう。その聖衣からするに、君はユニコーンか」
オルフェと邪武は面識が無かった。
今の今まで留守にしていたここの家主に、ファラオが行き先を聞く。
「お前、どこに行っていた。私はずっと第二獄に居たが、お前が外に出たのなんて、気付かなかったぞ」
「お前がアホ面でケルベロスのグルーミングしている隙に通らせてもらった。地上のCD屋に行っていたんだよ」
「………………」
不愉快そうに黙り込むファラオ。
だが昔ほどこの二人が険悪な関係でないのは、雰囲気で分かった。
クイーンは自分の邪魔をした白銀聖闘士を三白眼で一瞥すると、ここに来た目的を思い出したのか、ファラオに業務連絡を伝える。
「ファラオ、ラダマンティス様より伝言だ。明日朝六時、カイーナに集合だそうだ」
「朝か?」
「当たり前だ」
するとファラオはあっさりと、
「では私は欠席する。今夜は徹夜でテレビを見るのでな。MTVでベーシスト達人歴伝が放送されるのだ」
「な……」
こんな断り方をされると思っていなかったため、クイーンは言葉を失う。
ちょっと待て、冥界三巨頭の命令よりも、テレビ番組の方が大事だと!?
無言のままだが、彼女の表情は明らかにそう語っている。
ファラオは当たり前だろうと即答すると、とどめに、
「私はパンドラ様の直属だからな。ラダマンティス様の部下ではないぞ。なので、わざわざ誘ってこなくてもいい」
少々嫌みな口調で告げた後、綺麗な発音でアウフヴィーダーゼーンと手を振った。ドイツ語でさようならの意味だ。
「し、しかしファラオよ。ラダマンティス様は冥界軍の団結と、それぞれの交流を図ってだな」
それでも何か言ってこようとするクイーンに、ファラオは冷めた目を向けると、
「ラダマンティス様が立派な武人なのは私も知っている。だが、配属が違えば役目も違う。ラダマンティス様麾下の理屈に、私を巻き込まないでくれるか?そもそも、ラダマンティス様の部下は私やルネのように、守るべき獄を持っていない。文字通りの戦闘専門部隊ではないか」
澱みなく語られるファラオの言い分。
立て板に水の如くスラスラ言葉が出てきたところを見ると、普段からたまっていた鬱憤が今回のクイーンの態度を引き金に外に出てきてしまったらしい。
「私たちは自分の獄の管理運営で戦いがなくても忙しいのだ。体育会系ノリは内輪だけでやってくれ」
唾を飛ばし力説するのではなく、感情を爆発させることなく淡々と語る。
嫌味や皮肉を言う場合は、この方が効果的であったりする。
オルフェはそれを、口元にらしくもないニヤッとした笑みを浮かべて眺めている。
ユリティースの蘇生をハーデスに懇願した際の壊れそうな繊細さは、どこかに飛んで行ってしまった。
いや、紡ぎ出すメロディーは地上に居た頃よりも美しくリリカルでメロディアスになっているのに、人間性だけはやたらとタフになっている。
もしかしたら、聖域公認で冥界に滞在できるようになったので、もう後ろめたさを感じなくて済むようになったから……かもしれない。
ファラオからの口撃を受けたクイーンはみるみるうちに顔を歪ませると、苛立たしさを隠さない動きでバイクを起こし跨がり、無言でエンジンを噴かして、ファラオの顔などもう見たくないと言わんばかりの態度で花畑と第二獄から去っていった。
「バーカ」
ファラオは短くそう吐き捨てる。パンドラ直属の冥闘士である彼は、ルネやバレンタインのように三巨頭を上司に持たない。
故に、よく言えば面倒見のいい、悪く言えば無駄におせっかいなところのあるラダマンティスは、自分の軍団の集会によくファラオを誘った。けれどもファラオにとっては、ありがた迷惑なことが多かった。
ラダマンティス配下の冥闘士は先程ファラオも言ったが外征部隊の者がほとんどで、冥界内に自分が管理すべき獄を持たない。
なので、集会や合同訓練を催しても冥界の業務に何ら支障はないが、担当部署持ちの冥闘士はそうはいかない。あまり獄を空けると、運営に問題が出る。
例えば、ファラオが第二獄を離れると、ケルベロスの面倒を見る者が居なくなるのだ。
一度だけ無理矢理集会に駆り出されたことがあったのだが、丁度ケルベロスの餌の時間にかぶってしまった。
餌の時間までに戻れるだろうと踏んで渋々参加したファラオであったが、ラダマンティス軍の体育会系ノリは半端ではなく、終了予定の時間になっても終わらなかった。こうしているうちにケルベロスの餌の時間になる。ファラオはもう、気が気で無い。
ケルベロスは今でこそ三つ首の可愛い『わんこ』になっているが、元々は地獄の番犬、亡者を食い散らかす存在である。
そのケルベロスが飼い主の居ない状態で、餌の時間になっても何も与えられなかったら……。
ファラオは自宅に時限爆弾を仕掛けられた気分だった。
そんな彼の内心とは裏腹に、集会のボルテージは上昇する一方であった。
「ハーデス様の御為に!」
と一斉に唱和する様には、お前らジオン公国民かよと嫌味の一つでも言いたくなった。
もう、平和時に決起集会やってどうするんだ!?とファラオは突っ込みたかったが、周りは皆ラダマンティスの部下なので、そんなことを口に出したらボコボコにされる。
『ああ!!早く終われ!!』
絶叫するようにファラオが心の中で祈ると、彼の携帯電話が鳴った。
「……もしもし」
『何やってるんだ、バ飼い主!!』
電話の相手は、花畑の住民だった。出た途端に罵声を浴びせるオルフェに、ファラオは思い切り顔を顰める。
作品名:なんどのぼうけん 2 作家名:あまみ