なんどのぼうけん 2
「電話口でいきなりバ飼い主は無いだろ、アホ」
『バ飼い主をバ飼い主って言って、何が悪い!!お前の飼い犬、時間になっても餌を貰えないものだから、巨大化してスケルトンを襲い始めたんだぞ!!』
「え?」
その報告に、ファラオの血の気が引く。
普段はグレートピレネーズくらいの大きさのケルベロスだが、気が荒ぶると巨大化し、魔界の番犬と呼ばれても納得できる姿へ変貌する。
「今、どうしてる?」
『取り敢えず、僕がストリンガーフィーネで押さえているけれど、早く戻って餌をやれよ、馬鹿!!』
散々オルフェに罵られたファラオはぎりぎりと歯ぎしりすると、第二獄へ急いで戻った。
ゴードンやシルフィードは何か叫んでいたが、バレンタインだけはファラオの事情を察したようで、無言で見送った。
小宇宙を燃やし最大速で第二獄に帰還すると、聖衣をつけたオルフェが琴の弦でケルベロスを縛し、第二獄で働いているスケルトンを助けている最中だった。殺してしまうのが一番手っ取り早いのだが、ケルベロスに情の沸いているオルフェにはそんな真似は出来なかった。
「バ飼い主!!」
必死になって弦を繰っているオルフェは戻って来たファラオに気付くと、開口一番そう怒鳴りつける。
「さっさとどうにかしろ!」
「わ、わかった」
ファラオは慌てて家の中から餌を持ち出すと、餌皿の上にぶちまけた。
「元に戻れ、ケルベロス!もう餌をやらないからな!!」
するとケルベロスは飼い主に気付いたのかグルルと小さいうなり声をあげ、しゅるしゅると音を立てながらいつもの大型犬ほどのサイズに縮む。
「まったく、僕の琴をこんな事に使わせて!聖衣なんか纏ったの、久しぶりだよ!」
グチグチ文句を垂れるオルフェ。ケルベロスが巨大化してしまった際、第二獄の守護冥闘士であるファラオが不在だったので、スケルトンたちはオルフェの元へ頭を下げに行ったのだった。
「スケルトンたちも可哀想にね。聖闘士の僕になんて頭を下げたくなかっただろうに」
同情するような聖闘士の言葉。けれども、この状況下で聞くと嫌味以外の何者でもないのは何故だろう。
「……お前、少し黙ってくれ」
うめくように呟くファラオ。彼は相手に反論する術が見つからず、ただただ俯くだけだった……。
そんな過去があったため、ファラオはクイーンたちの誘いには乗りたくない。
バイクのエンジン音が完全に消え去った後、オルフェは邪武と貴鬼に向き合うと訊ねる。
「どうして君たちはこんなところに居るんだ?」
白銀聖闘士最強の男に問われた二人は、ぽつぽつとこれまでの経緯を語り始めた。
ファラオと一緒にその話を聞いていたオルフェは、
「奇妙なことがあるものだな……」
と呟くと、いたってあっさりと言った。
「さっきのアケローン河のカロンに、『関係者用ルートで地上に戻りたい』と言えば、通行料10ユーロで地上に連れ戻してくれるよ。僕も今、カロンに頼んで河を渡らせてもらったし」
「へぇ~」
目を丸くする邪武と貴鬼。それは知らなかった。ファラオは頷くと、
「カロンは金さえ払えば、仕事はちゃんとしてくれるからな。その辺はわりとやり易いタイプだと思うぞ」
「そうそう。ラダマンティスのところのゴードンなんて融通利かなくて。参るよ、もう」
「わかる、わかる。私もケルベロスの世話で集会を休みたいと言ったら、クイーンとゴードンに斬られそうになったしな」
「それは出ろよ」
冷静にオルフェに突っ込まれるファラオ。少々顔を歪ませると、邪武たちに告げる。
「そういうことだから、また元いた場所に戻って、カロンに地上に戻してもらえ。10ユーロくらい持っているだろう?」
すると、顔を見合わせる邪武と貴鬼。
見合わせるうちに、お互いの顔が引き攣っていくのが分かる。
「……どうしたの?」
訝しく思ったオルフェが訊ねると、邪武はお通夜にでも向かうような表情で、
「俺たち、今の今まで日本に居たんだぜ?円は持っていても、ユーロは持ってねぇって」
「ああ、円は持っているのか。まぁ、そっちでもいいんじゃない?カロンはお金大好きだから」
後でカロンが自分で替えるだろう。オルフェはそう言う。
「そういうことだから、さっさと戻った、戻った。僕はこれから曲の仕上げがあるから」
こう言い残したオルフェは、背中を向けたまま手を振ると、自分のフラットの中へ消えていった。
その場に取り残される3人。邪武は渋面を作ると、
「どうせならアケローン河まで送っていってくれても良かったじゃねぇか……」
困っている聖闘士が居るというのに、一体どういう神経をしているんだ!?
そう全身で語る邪武に、ファラオは呆れたような困ったような諦めたような顔で、
「今のあいつの頭の中は、音楽でいっぱいだからな。貴様らを送っていくことにまで考えが及ばなかったのだろう」
小さくため息。それには諦めのニュアンスが溶け込んでいた。
この様子から、目の前のこの冥闘士がオルフェに手を焼いていると知れた。
あのオルフェという男、繊細で大人しそうな外見からは想像できないくらいに無茶苦茶らしい。
「そういうことだから、さっさと帰れ。聖闘士があまり冥界に長居するな」
しっしと手を振るファラオ。普段ならこんな態度には犬扱いするなと噛み付く邪武であったが、何となくファラオが気の毒になってしまい、大人しくアケローン河方面に戻ることにした。
あの船渡しに円を払えば地上に帰れるのなら、さっさと金を渡して連れていってもらえば良かった。
そう考え、花畑を後にする二人だったが。
世の中、なかなか簡単にはいかない。
作品名:なんどのぼうけん 2 作家名:あまみ