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なんどのぼうけん 2

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花畑の中でピルルピルルと鳴り響く携帯の呼び出し音。ハッとして邪武たちがキョロキョロと周りを見回すと。
「はい、こちらファラオ」
先程の冥闘士が、携帯電話を取り出し話し始めた。何となくイヤな予感がして、歩みを止める二人。ファラオの顔が、段々引き攣っていくのがわかる。
「……はぁ、はぁ、そうですか。しかし……ええ、わかりますが……ええ、わかりました」
融和が終わったのか、物憂げに携帯電話を切るファラオ。そして。
「おい、待て、お前ら」
少々どころでなく、かなり嫌そうに、ファラオは邪武と貴鬼を引き止めた。
2人共ファラオから放たれている『不機嫌小宇宙』を感じ取ってはいたが、一体何がここまで彼を不機嫌にさせたのかわからなくて、顔を強張らせるしかできなかった。
「……なぁ、今のあんたの電話。なんだったんだ?
あんたのその様子からするに、俺たちに関係あることなんだろ?」
黒い瞳に憎々しささえ浮かべて二人を見やったファラオは、吐き捨てるように、
「パンドラ様がお前らと話したいことがあるので、ジュデッカへ来いと仰せだ」
「パンドラ……」
邪武も名前だけは聞いたことがある。冥界を統治する女性。ハーデスの姉。
そのパンドラが、一体何の用事だというのか。
いや、それ以前にどうして自分たちがここにいると彼女は知っているのか。
邪武と貴鬼の表情の変化から二人の考えを正確に読み取ったファラオは、おかっぱの髪を揺らしながら彼らに向いた。
「今バイクでやって来たペチャパイがいただろう」
「ブッ」
予想外のことを言い出すものだから、邪武も貴鬼も噴き出してしまう。
これは反則だろう。不意打ちだろう、絶対。
「あんた、自分の仲間に向かってペチャパイはねーだろ。いくら何でも」
呆れたように邪武が言うと、ファラオは真顔で、
「事実を述べているだけだ。そもそもあいつは……」
話が脱線しそうな気配を感じた貴鬼は、慌てて口を挟む。いつも白羊宮で黄金聖闘士同士の会話を聞いて育っているので、その辺りの空気の読み方は絶妙だった。
「その人が、パンドラと何か関係あるの?」
「クイーンはパンドラ様の副官格なのだ」
話が本題に戻る。
あの女がパンドラの副官なのか。ならば今回、聖闘士が冥界に迷い込んだことを上司に報告しても、何らおかしくはない。
しかしそれを聞いた邪武は、眉間に皺を寄せ渋面を作る。
「だけどよ……その冥界のパンドラが、俺らに何聞くって言うんだよ。聖闘士とかの情報なら、オルフェに訊けばいいだろうしさ」
オルフェは手の空いた時、パンドラにギターやハープを教えている。そこで冥界の情報を集め、パンドラには『害にならない程度の』聖域の情報を与える。
なので、パンドラが聖闘士を呼びつける理由がどうしても分からない。
するとファラオは非常に言い辛そうな、出来ることなら言いたくないが、言わないと話が進まないので仕方なく言うといった態で、
「青銅聖闘士に、フェニックスがいるだろう」
口元が引き攣り、浅黒い頬がヒクヒクしている。目が血走り、眉間や額には深い縦じわが刻まれている。
『……どんだけ言いたくないんだ』
ファラオの様子に、内心突っ込む二人。
こんな、高血圧で倒れそうなツラを浮かべてまで、言わなくてはいけないことなのだろうか。
「一輝か」
「名前までは我々は知らん。そのフェニックスの聖闘士に、パンドラ様は女性ならではの感情を抱いてしまったらしい」
親が危篤なのだ……という台詞の方が似合いそうなファラオの表情だが、述べた内容はいたってスタンダードだった。
邪武と貴鬼はお互いに顔を見合わせる。
「つまり、パンドラは一輝のこと好きってこと?」
子供故にオブラートも何もかけない言い方で貴鬼が訊ねる。
ファラオは今度は、病院で医師に不治の病を宣告されたかのような顔で頷く。
頼むから、そうはっきり言ってくれるな。
ファラオの顔面には、ゴシック体でそう記載されていた。
部下としては、上司が敵方の聖闘士に恋愛感情を抱いているのには、少々どころでなく苦々しいものを感じる。
何故あの男なんだ。
全冥闘士は口には出さなくても、皆同じ苛立ちや不満を抱えていた。
肩をフルフルと震わせ、歯ぎしりをしかけているこの冥闘士を流石に気の毒に思ったのか、邪武は予測した結論を述べる。
「パンドラは俺たちを呼びつけ、一輝の話を聞かせてほしいってか」
「察しが良くて助かる」
深い深い深い深いため息をつくファラオ。
ため息とともに魂が抜け出しているような気がするが、それは邪武の勘ぐり過ぎかも知れない。
「まぁ、一輝の話をするくらいなら構わねーけど」
ぽりぽりと頭をかく邪武。いくら敵方の幹部とはいえ、戦いがなくなった今となっては16歳の少女だ。この恋心の手助けをするのは、やぶさかではない。
むしろ恋のキューピッドになったようで、邪武としてはちょっとだけ甘酸っぱいものが湧き出て、心臓の奥の方がきゅんとしたりする。
他人の恋の手助けをするのには、妙なときめきがある!
けれども貴鬼は、その幼い顔に渋面を浮かべると、う~んと唸った。
その様子が気になったのか、邪武はそちらを見やると軽く訊ねる。
「どうした、貴鬼。あんま行きたくねーみたいだけど」
「……う~ん、だって」
渋々といった体で、貴鬼が口を開く。
「だってパンドラって、冥界の奥にいるんでしょ?」
「ああ。パンドラ様はジュデッカの奥にいらっしゃる。冥界の最深部だな」
親切に教えてくれたのは、意外にもファラオだった。ケルベロスをペットにしているだけあって、女子供には優しいのかも知れない。
ファラオの答えを聞いた貴鬼はますます表情を曇らせて、
「そんな遠いところまで歩いて行くの、やだよ。途中にいっぱい冥闘士いるんでしょ?ヤダよ、色々」
貴鬼は聖闘士見習いだ。それ故に女神は正義の戦いのためならば、どんな辛いことも苦しいことも大変なことも面倒なことも、耐えられる。
けれども、だ。敵の女ボスの恋心のために遠いところに出向けるほど、貴鬼は恋愛に興味がなかった。出来れば、今すぐにでもアケローン河へ引き返して、地上に帰りたいのだ。
「お前の気持ちも分かるけどなぁ」
邪武は貴鬼の考えていることを、その顔色と表情から正確に読み取った。
「……ジュデッカが遠いという問題か?」
ファラオはパカッと自分のケータイを開く。そのケータイのディスプレイには、邪武や貴鬼の読めない言葉で文章が綴られている。
「ウムラウトがあるな、ドイツ語か?」
邪武にはその程度しか分からない。ファラオは少々落胆した様子で、何だ読めんのかと呟くとケータイを閉じた。
「うちは公用語がギリシャ語なんだよ。で、なんて書いてあった」
唇を尖らせつつ反論・質問する邪武に、ファラオは上を見上げながら、
「コシュタ・バワーの馬車でお前らを迎えに来るそうだ」
「コシュタ・バワー?」
聞き慣れない単語に、貴鬼は何度も瞬きをする。
前にシオンが本を読んでくれた際にそんな単語が出てきたような気がするが、どんな話で出てきたのか全く覚えていない。
邪武も分からないようで、首をひねっている。
「一体、何だそれ」
「直に分かる」
ファラオがそう告げて、すぐである。『それ』がやって来たのは。
作品名:なんどのぼうけん 2 作家名:あまみ