晴れた日の過ごし方 2
「……セシル」
ローザの顔が青ざめている。修羅場だ。確実に修羅場だ。
今のエッジと、リディアと買い物をしてきたばかりのカインが顔を合わせるのは、もはや核戦争に近い。
……どうしてこう、今日はタイミングが悪いかな。
セシルも、テーブルに突っ伏して頭を抱えたくなる。
しかし。
『カインの作ったプリンがあるの?』
『ああ、今朝仕込んだ』
『カインは料理だけじゃなくて、お菓子も作れるんだね』
『必要に迫られて、という奴だな』
車から降りたのは、カインとそしてもう一人、リディアである。
『助かった……』
ほっと胸を撫で下ろすセシル。最悪の事態はこれで避けられた。
ローザも同じ事を考えていたようで、表情がほんの少し柔らかくなっている。
ガラガラと玄関の引き戸が開くとともに、元気のいい少女の声が居間にまで響いた。
「こんにちは、セシル!おじゃましまーす!」
勝手知ったる他人の家といった様子で、リディアが靴を脱ぎ上がる。
程なくカインの「ただいま」という低音も、セシルたちの耳に届く。
「あれ?エッジ、来てたの?」
カインの家にエッジがいるなんて思いもしなかったリディアは、大きな目を丸くした。
エッジもそれは同じだったようで、恋しい少女の登場に目を丸くしている。
「リディ……ア?」
リディアはあのいけ好かねーハンサムと買い物デートをしていたのではなかったのか。
それがどうして今セシルの家(ここは元々カインの家だ)に来るんだ。
……ひょっとして、ひょっとして……。
エッジの頭の中を、最悪のシチュエーションがぐるぐる回る。
カインてめー、女子高生に手を出すのは犯罪だぞ、わかってんのかてめー。
口の中で何度もそう繰り返していると、二人分のプリンをトレーに載せて持ってきたカインが姿を見せる。
「セシル、エッジにはプリンを出さなかったのか?」
「だって。プリンの話をすると泣くんだよ、エッジ。僕だってどうにもできないよ」
「……エッジはプリン嫌いだったのか?」
それなりに付き合いは長いつもりであったが、プリン嫌いだというのはは初耳である。
エッジはそんな幼馴染み二人を横目で睨みつけると、
「俺はプリンじゃなくて、作ったテメーが嫌いなんだよ」
「何だって?」
カインの端正な顔は、明らかに引きつっている。
「……俺はお前に嫌われるような事をしたか?」
「バッくれんじゃねぇよ!!今日してただろう!!」
勢いよく畳の上から立ち上がり、カインにガンたれるエッジ。
カインの方が背が高いので、どうしても下から覗き込むような格好になるが。
「おい、どけ。プリンが置けん」
「プリンがなんだっつんだよ、色男」
「絡むのもいい加減にしてくれ。リディアが待っている」
冷静に応じるカインだが、エッジがそれがますます気に入らなかったらしい。
ふざけんなよ、この野郎!とカインの胸倉をつかもうと腕を伸ばしたその時。
「エッジ、何やってるの!」
少女の鋭い叱咤が飛んだ。
「カインは何も悪くないでしょう!なのにどうしてそんなにつっかかってくるのよ」
怒りと呆れで目元を真っ赤にしたリディアが、激しい口調でエッジの行動を咎める。
翡翠色の瞳には、うっすらと涙まで浮かんでいる。
エッジはその涙に一瞬怒りを忘れたが、すぐに、
「だってこの野郎、今日リディアとデートしてたじゃねぇか!俺の気持ちを知っててさ!!」
マシンガンのような早口である。
そうだ、そもそも、リディアがカインとデートしているのが悪いんだ。
カインも友人の自分の気持ちを知ってるくせに、あんな真似をしやがって……。
世の中、人非人ばかりだ……。
エッジはリディアの目の前だというのに、再び号泣しそうであった。
泣きたい、今思い切り泣きたい。今泣けたら、どんなに楽だろうか……。
「俺は……」
言葉を詰まらせ涙ぐむエッジ。
カインは小さく息を吐くとリディアの前にプリンを一つ置き、困ったように笑った。
「どうやら買い物していたところを見られたようだな」
「………………」
何も言わないリディア。
カインは彼らしくない優しい手付きで彼女の頭を撫でると、もう一つのプリンをトレーに載せたまま台所に戻っていった。
「リディア、誤解を解いてくれないか?」
と、一言言い残して。
横でそれらを眺めていたセシルは、ローザに目配せすると居間を出る。
ローザも、カインの手伝いをしてくるわねと、台所に引っ込んでしまう。
ご丁寧に、居間の襖や障子を全部閉めて。
こうして閉ざされた居間には、エッジとリディアのみが残った。
作品名:晴れた日の過ごし方 2 作家名:あまみ