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木吉ケリー
木吉ケリー
novelistID. 47276
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≪2話≫グリム・アベンジャーズ エイジ・オブ・イソップ

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 続いて女の子が身の上を語り始めました。
「私もお母さんは小さい頃に死んで、お父さんと2人で暮らしてたけど、そのお父さんがとんでもないロクデナシだったわ。馬鹿みたいにマッチを仕入れて、全部売ってくるまで帰ってくるなって冬の夜に私を締め出したの。当然夜に道端でマッチを買う物好きなんているわけないでしょ。凍えて死にそうになって、マッチの火で暖まろうと思ったら炎を操れるようになっていたわ」
 女の子が操れるのはすでに燃えている火だけで、自由に火を生み出すことはできないようでした。力を使うためには必ずマッチのような火種が必要なのです。そこだけが心配でしたが、3人の中では一番強力な魔法使いに違いありません。
 一万も兵士やアントンへの恨みを話し、バイオリンの力を説明しました。ドレミファソラシの7つの音に応じた7つの魔法が使えるので、上手く力を合わせるためには2人にもバイオリンの魔法を覚えておいてもらう必要があります。
 自分のことを包み隠さず話した一万でしたが、アントニアのことは口にしませんでした。わざと黙っていたのか、アントニアのことなんてすっかり忘れてしまったのか、悪の力に支配された一万の心の底を窺い知ることはできませんでした。
 互いの魔法でどうやって食べ物を奪うかじっくり話し合い、さあ農場へ向かおうという時になって、少年が声を上げました。
「ちょっと待ってくれ、大事なことを忘れてないか?」
「どうした。作戦は充分話し合っただろ」
「名前だよ名前。物騒な仕事の話ばかりで、普通の自己紹介をしてないじゃないか。別に好きな食べ物なんて興味ないけど、お互いに何て呼び合えばいいんだ?」
 肝心なところをすっかり忘れていました。略奪に向けて先走っていたというより、長い間同年代の友人がいなかった一万はそうした当たり前の社交辞令を心得ていなかったのです。
「俺は」
 一万と名乗ろうとして、何故か躊躇ってしまいました。自分のあだ名が恥ずかしくなったのではありません。折角脱皮して生まれ変わったのですから、名前も変えてしまおうと思ったのです。
「俺はグラスホッパー(Grasshopper:キリギリス)だ」
「長いな。じゃあホッパーって呼ばせてもらうよ。俺はライアー(Liar:嘘つき)って呼んでくれ」
「じゃあ私はマッチ(match)でいいわ」
 一万が最初にあだ名を言ったので、2人も本名ではなくあだ名で答えました。マッチだけはあからさまに投げやりでしたが、ボブとかメアリーとかよりも、名も無き負け犬が理不尽な世界に歯向かうというのがアウトローっぽくて気に入りました。
 こうして3人はホッパーの悪巧みに乗り、連れ立ってアントンの農場へ向かいました。3人とも夜通し歩いてへとへとだったので、ライアーが行商人から巻き上げたお金で、途中の町で宿を取って一休みしました。ようやく食事にありつけましたが、ライアーの魔法で同じように金を巻き上げて食べて行こうとはこれっぽっちも考えていません。
 3人ともただ魔法を悪用するのではなく、この世の理不尽に一矢報いてやろうという黒々とした反骨心を、まるでお揃いのタトゥーのように胸に刻みつけていたのです。互いの素性もよく知らない行きずりの3悪人ですが、それだけは口に出さずとも理解し合っていました。
 アントンの農場に辿り着いたのは翌朝でした。寝込みを襲うのではなく白昼堂々襲撃してやろうと考えたのはホッパーです。自分たちはコソ泥ではなく、復讐者(Avengers)なのです。アントンたちに怒りを思い知らせなければ、復讐する意味がありません。
 まずライアーとマッチが農場に近づいていきます。ライアーは正面から堂々と、マッチは裏手から忍び寄りました。そしてマッチが誰もいない薪割小屋に火を放ち、ふいごで吹くように魔力を送り込みます。炎は瞬く間に薪割小屋を呑み込み、轟々と黒煙を噴き上げ辺りの雪を溶かしました。冬に備えて蓄えてあった薪は、森に隠れて様子を見ていたホッパーが笑い出すほど威勢よく燃えました。
 それに気づいた農民が騒ぎ始めますが、すかさずライアーが毎日の悪戯で鍛えた大声で火事だと叫びます。すると農民たちはライアーの魔法の声に惑わされ火事だというのを嘘だと思い込み、子どもたちが焚き火をして遊んでるんだとか、今日の昼は豚の丸焼きだろうとか、都合よく自分を納得させてのんびり仕事に戻っていくではないですか。
 もちろん流石のライアーの声も農場中に届くわけではありませんから、火を消そうと集まってくる農民も大勢います。ただ人手を集めようにも仲間の半分くらいは何故だか頑なに火事だと信じようとせず、あちこちで言い合いや喧嘩が起きてしまい中々消火に手が回りません。
 ここまではホッパーの思い描いたとおりになりました。農場の大騒ぎの合間を縫って、ライアーとマッチが食糧がたっぷり蓄えられた本命の倉庫に向かうのが見えます。そろそろ自分の出番だと思い、ホッパーはバイオリンを構えてファの音を弾きました。
 バイオリンから漏れ出た青白い光がホッパーの背中を覆うと、自分の身長ほどもある大きなハヤブサの翼が生えてきました。ファはFalcon(ハヤブサ)のファだったのです。
 ホッパーは翼に意識を集中して羽ばたくと、ふわりと宙を舞って農場に向かって飛びました。眼下ではアリの巣を突いたように農民たちが右往左往しているのが見え、思わずいい気味だと意地の悪い笑みが浮かんできます。
 倉庫に下りると、ライアーとマッチの2人が大きな背負い袋に手当たり次第に食べ物を詰め込んでいました。農民たちは薪割小屋の火事に気を取られ、倉庫の周りは静かなものでした。
「見ろよホッパー!こんな食べ物の山、うちの村でも見たことないぜ!」
 ライアーが戦利品を掲げて大喜びしています。マッチがその横っ面に豆を掴んで投げつけました。
「ちょっと、はしゃいでないでさっさと手を動かしなさいよ」
 そう急かすマッチの表情も珍しく喜色満面です。女は買い物が好きな生き物ですから、100%オフの大安売りとあっては血が騒いでしょうがないのでしょう。瞬時に高そうなもの、美味そうなものを見分けて手を伸ばしています。
 ですが倉庫に足を踏み入れた途端、ホッパーは興奮する2人とは裏腹に不思議なほど冷静になっていく自分に気づきました。急に罪悪感を覚えたわけではありません。倉庫に満ち溢れた食べ物を見て、何故だか圧倒されてしまったのです。
「こんなに蓄えがあったのに、俺を見殺しにしたのか」
 他人事のようなホッパーの呟きに、ライアーとマッチの手が止まります。まるで感情のこもっていない声でしたが、それがかえって不気味でした。
 アントンたちの暮らしも本当にギリギリだったのだと分かれば、少しは怒りも収まったかもしれません。ですがこの潤沢な備蓄はホッパーの想像を遥かに超えていました。ホッパー1人は言うに及ばず、ライアーとマッチが転がり込んできても優に冬を越せるだけの蓄えがあります。倉庫を埋め尽くす食べ物の山が、アントンの心の矮小さを何よりも明瞭に表しているように思えました。