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木吉ケリー
木吉ケリー
novelistID. 47276
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≪2話≫グリム・アベンジャーズ エイジ・オブ・イソップ

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 怒りが限界を超えた時、人は逆に何も感じなくなってしまうのだとホッパーは初めて知りました。アントンへの怒りの炎が消えてしまったのかと思いましたが、むしろ炎はその形のまま凍りついてしまい、終生溶けることのない恨みのオブジェと化してホッパーの心の奥底に沈んでいきました。
「大丈夫か?ホッパー」
 呆けたように棚を凝視するホッパーを案じてライアーが声をかけます。ホッパーは向き直ると、今思ったことを口にしました。
「ああ、大丈夫だ。ただちょっと頭が冷えたっていうか、アントンは真面目に怒りをぶつける価値もない相手だって気がついてさ」
「なんだそりゃ?奴はあんたを凍え死にさせかけた悪党じゃないか」
「お前の羊を食べたオオカミみたいなもんだよ。オオカミには人の言葉も道徳も通じないだろ?だから羊を食われてもどこかで仕方ないって思える。お前もオオカミに復讐しようとは思ってない。自分を助けてくれなかった村人に怒ってる」
「ああ、なるほど。確かにオオカミを皆殺しにしたいとは思わなかった。オオカミが家畜を襲うのは当たり前だからなあ。それに人間同士で助け合うのも当たり前だから、俺を助けてくれなかった村人の方が憎いんだな」
 自分の怒りを紐解かれ、ライアーが納得したように頷きます。
「だけどこの倉庫を見ろよ。これだけ余裕があるくせに一晩の宿と食い物を施すのすら惜しむような奴が、同じ人間だと思えるか?」
「いや、言われてみれば信じられねえ。怒るっていうより呆れちまう」
「だから急にアントンのことを恨むのが馬鹿馬鹿しくなった。鹿とか猪みたいな害獣が畑を荒らしたら、俺たち狩人はいちいち怒ったりしないで淡々と駆除するんだ。アントンもその程度で、この世から駆除されるのが当たり前の獲物だって気づいたんだよ」
「そりゃ張り合いが無くなっちまったな。てっきり復讐を楽しんでるのかと思ったけど」
 ライアーに残念そうに苦笑され、ホッパーは首を振りました。
「いや、心置きなく狩りを楽しませてもらう。相手が同じ人間じゃないんなら、もう手加減無しだ」
 そう言うとホッパーは牙を剥いたように笑いました。彼は最早獲物に敬意をもって命のやりとりをする気高い狩人ではありません。己の楽しみのために命を弄ぶ残酷な殺戮者の顔をしていました。
 その邪悪な笑みを見て、マッチも待ってましたとばかりに小悪魔っぽく笑います。
「じゃあ持ち切れない分は全部燃やしちゃう?」
 薪割小屋を焼いて、すっかり放火の快感に魅入られてしまったようです。その気になれば農場を火の海にすることもできそうですが、
「いいや、それはまだだ。たった1回で終わらせちゃもったいない。少しずつ食べ物や薪を奪って、冬の厳しさってものを思い知らせてやらないと。今日はとりあえずこれで引き上げよう」
「回りくどいわね、男のくせに」
 マッチが舌打ちを漏らしましたが、長話をしすぎたせいで予定より時間がかかっているのも確かです。3人で手早く食べ物を袋に詰めると、底が破れそうなほどパンパンに膨らんだ袋をホッパーが受け取りました。この後はホッパーがまた空を飛んで戦利品を運び出し、2人にはこの混乱を鎮めてから帰ってきてもらう手筈になっていました。
 再び翼を生やそうと倉庫の入り口でバイオリンを構えた時、数人の男たちがこちらに駆けてくるのが見えました。何とも間の悪いことに、火を消すために倉庫にあるバケツもかき集めにきたようです。しかも男たちの中には一万だった頃のホッパーを荷車で置き去りにしていった男もいて、ホッパーの顔立ちとバイオリンに気づいて大声を上げました。
「あの時の乞食野郎!やっぱりお前の仕業だったか!」
 他の男たちも事情を察し、怒声を張り上げながら突っ込んできます。マッチが火を起こそうとしたのを押し留め、ホッパーはバイオリンでラの音を弾きました。するとバイオリンの先端の渦巻から青白い光弾が勢いよく放たれ、先頭の男の顔面に命中してパン!と火花を散らしました。男は殴られたように仰向けに引っ繰り返り、それを見た仲間たちが驚いて足を止めます。
 ラは光弾を放って攻撃するRound(弾丸)のラだと思い知ったでしょう。ホッパーは小刻みにラララララと弾き続け、男たちに容赦なく光弾を雨あられと浴びせました。加減しているのでちょっと突き飛ばされた程度の威力しかないですが、本気で力を込めて弾けば岩をも砕く強力な光弾を放つことだってできるのです。
 男たちは近くの家屋の陰に身を隠しましたが、板壁を穿って木くずを弾けさせる光弾の威力に縮み上がっています。隙を見てライアーとマッチの2人が先に倉庫から離れ、ホッパーも合間にファの音を引いて再び翼を生やすと、袋を翼の間に挟むようにして器用に背負い、男たちを置き去りにして大空に飛び立ちました。
 ライアーとマッチはまだ燃え続ける薪割小屋に戻り、最後の仕上げにマッチが小屋を包む炎を空高く巻き上げて霧散させました。火の鳥が空へと帰っていったような信じられない光景に、集まった農民たちは言葉を失い呆然と立ち尽くしています。すっかり鎮火した薪割小屋には、焦げ臭い匂いと台無しになった薪の燃えカスだけが残されていました。
 ホッパーが森に降り立ってしばらくすると、ライアーとマッチが茂みをかき分けて現れました。袋を担いだホッパーを見て、ライアーがほっと安堵の息を吐きます。
「よかった。1人で全部持って行っちゃうんじゃないか心配したぜ」
「ああ、次はそうしようかな」
 ホッパーが軽口を返したのが意外だったようで、ライアーはケラケラと楽しそうに笑いました。しかしマッチがライアーを突き飛ばし、ホッパーに詰め寄ります。
「いいから、早く食べさせてよ。私が一番魔力を使ったんだから!」
 待ち切れないという勢いでマッチが袋を引っ繰り返すと、雪崩を打ったように袋の口から食べ物が溢れ出し、3人は想像以上の収穫に歓声を上げました。
 早速奪った食べ物を囲んで、真昼間から酒盛りの始まりです。野菜も豚肉もたっぷり奪ってきたので、ホッパーが腕を振るって狩人のスープをこしらえます。マッチはライ麦の粉をこねて丸い生地を作り、平たい石の上に乗せて丸パンを焼きます。焚き火の用意をしていたライアーが我慢できずに豚肉の燻製を炙ってつまみ食いを始め、3人は口の周りを油でテカテカさせて笑い合いました。
 誰かと食卓を囲むのはお母さんが死んで以来のことです。ホッパーは数年ぶりに笑い声の絶えない賑やかな食事を楽しみました。人でなしのアントンから奪ってやった食べ物だと思うと、余計に美味しく感じられます。魔法抜きでバイオリンを披露すると、ライアーとマッチも手を叩いて喜び、肩を揺らして一緒に歌いました。この時ばかりは恐ろしい略奪を働いた3人も、焚き火を囲んではしゃぐ年頃の若者と何も変わらないように見えました。