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テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌2

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「じゃあノエル、戻ってきたらまた連絡するから」
《はい、どうかお気をつけて》
 空を見上げると、アルビオールのコックピットから手を振るノエルが見える。だんだん離れていくアルビオールに手を振り返し、その姿が完全に見えなくなるとルークは通信機を袂にしまい込んだ。
 ここはザレッホ火山の山腹、五合目辺り。丁度ダアトの街から山の東側へ回り込んだ位置だが、ここには火山の地質調査のために民営機関と神託の盾(オラクル)騎士団が協力して造った洞窟があった。───────というのはどうやら建前で、調べたところその「民営機関」に実体がなく、造られたこの洞窟はそもそも裏預言士(イリガルスコアラー)の潜伏場所にするためだったのではという話が挙がったらしい。これはアニスへの命令書に書かれていた事だ。存在自体が教団内でもあまり周知されておらず、ティアもこの洞窟に踏み入るのは初めてだった。
 ディケ博士を捜索するため、最初に火山周辺をアルビオールでぐるりと見回ったが人影はなかった。失踪の理由として考え得る中で最も可能性が高いのは、火山内部に侵入して何かしらの理由により帰れなくなっていることだ。ザレッホ火山の内部へ侵入する経路は幾つかあるが、火口から降りるにはアルビオールが無くては到底不可能で、ローレライ教団の大聖堂から繋がる隠し通路は一般人では知りようがない。人の足で調査する、となるとこの人工洞窟しかないだろうと当たりをつけた。
 洞穴に踏み込むと、地熱で蒸された空気が肌にまとわりついた。山肌が剥き出しの壁に手で触れてみると、やはりほんのり温かい。天井や壁は荒削りされたままで凹凸が目立つが、足元はそこそこ整地されて道のようになっており、合間合間には光源の譜石も置かれている。日常的に人が行き交っている証拠だ。
「あっぢぃ……」
 溶岩が湧き出る火口からはまだ距離がある筈だが、それでも全身から汗が吹き出る。しかし湿度が高いせいで汗はあまり蒸発してくれず、べたべたと服が張り付き不快指数が等直線に上昇していく。普段は道具袋に入ってもらっているミュウも蒸し焼きにされてしまいそうなのでルークが小脇に抱えて歩いていた。ふかふかの毛がより熱をこもらせるため本当であれば抱えていたくなどないが、地面を歩かせておいて火傷されても寝覚めが悪い。そのミュウも暑さでかなりぐったりしている。
 光源があるとはいえ、洞窟はかなり暗い。途中いくつか分岐があったが、枝分かれした先はすぐに行き止まりになり、ほぼ一本道のようなものだった。
「案外深いな……どこまで続いてるんだ?」
「中央の噴火口まで掘り進めているんじゃない? ほら……」
 ティアが指さすと、曲がり角の先が仄かに赤く光っていた。言う通り、そこから少し歩くと洞穴が終わり、一気に視界が開けた。
 下から上に吹き上げる熱風に髪が翻る。噴火口の壁面に辛うじて残る足場は決して広いとは言えず、少し覗き込めば足元より更に下で煌々と輝く真っ赤な溶岩が刻々と姿を変えていくのが見える。先程までとはまた違った意味での汗が背中を伝った。
「ディケ博士はこの先を進んだのか……?」
「どうだろうな……。とりあえず行ってみるか? 少なくともアニス達は居るんだろう」
 このザレッホ火山の噴火口はルーク達も以前来たことがある場所だ。ぐるりと螺旋に内部を走る足場と、対岸に橋渡しされている細い道を所々進みながら下方へ降りていくと、パッセージリングに辿り着くのだ。
「よくこんなとこまで掘ったな」
 ルークが呟くと、後ろから「勇気あるよな」とガイが相槌を打った。活火山に横穴を空け、尚且つ噴火口まで貫通させるなど地質調査ではまず有り得ない。神託の盾騎士団が協力を終えた後、民間の手で勝手に掘り進めたのではないかという話だった。
「本当であれば、一般人がパッセージリングに接近することも禁則事項なんだけれど……」
 調査の後でこの道は埋めないといけないわね、とティアが物憂げに呟く。また余計な仕事が増えた、とその表情は嘆いていた。
 パッセージリングとは惑星オールドラントを支える惑星譜術の装置だ。というのも過去の話で、今ではその機能は全停止している。パッセージリングの役割はセフィロトから吹き上げる記憶粒子(セルパーティクル)をコントロールして外殻大地を維持することだった。その外殻大地の形成は人類にとっての命綱であったため、厳重なセキュリティが敷かれていたのだ。元々はその存在も秘匿されており、不用意に人目につかないよう複数の術で厳重に封印されていた。ルーク達はその施された封印を解いて各地のパッセージリングの操作をすることになったわけだが、創世暦時代の失われた技術を利用した封印術は解くのも一苦労で再封印などできなかったのだ。
 パッセージリング自体の操作には始祖ユリアの血縁の生体認証が必要であるため、勝手に弄られる恐れは殆どない。故に、役目を終えたパッセージリングには立ち入り制限のみをかけて放置されている状態だった───────……のだが。
「なあティア」
 ルークは足場の縁から下を覗き込みながらティアを呼び止める。ティアが「危ないわよ」と言ってルークの背後に近づいてきた。
「なんかさ、足場減ってねえ?」
「え?」
 ルークに言われてティアも足下を覗き込む。すると、ティアは姿勢を戻しながら
「本当だわ」
 信じられない、どうして? と顎に手を添えて考え込んだ。ルークに抱えられていたミュウも遥か下方を流れる溶岩の海をじっと見つめたあと、
「きらきらが無くなってますの!」
 と声を上げた。ミュウが言う「きらきら」というのが存在したはずの足場だ。それこそが部外者のパッセージリングへの侵入を防ぐ封印術のひとつ、“ユリア式封咒”を解除することで現れるものだった。第五音素の力を使って足場を作りながら進まないとパッセージリングへはたどり着けないようになっているのが、ここの特徴だった。
 その足場が消えているということは、ユリア式封咒が復活していることを意味していた。
「ユリア式封咒には自己復元機能が備わっていたのかしら……?」
「創世暦時代の遺産だ、そのくらい出来るかもな」
 ガイの言葉にもどこか腑に落ちない顔をしているティアに対し、何がそんなに気になるのかとルークはその肩を叩く。
「でも、これなら行ける範囲が限られる訳だろ。入り込んだ奴らをむやみやたら探し回らなくて良くなったじゃん」
 ラッキーだな、と笑ってティアの顔を上げさせる。
「ええ、そうね……」
 思案していたティアが軽く首を振って歩き出し、その後をガイがついていく。自分も歩きだそうとして、ルークはまたちらりと足下に視線を送る。せり出す足場の重なり、その隙間からちらっと見えたパッセージリングの輝きが、記憶の中のものより暗かったような気がしたが、気の所為かと首を傾げて彼らの背を追った。