テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌2
異常さは一瞬で伝わった。ルークとガイは腰の剣に手を掛ける。警戒の姿勢を見せても、預言士と思しき男はものともせず変わらぬ笑顔を湛えていた。
「ご安心ください。私が預言の導きを授けましょう」
手のひらを上に、ルーク達に差しのべるように腕を広げる男の姿はまさしく聖人のそれだ。しかし、目の奥に宿る光が明らかに違っている。
ルークはごくりと唾を飲み、剣の柄を握る手に一際強く力を込めた。異変に気付いたティアやアニスも振り返り、こちらに近付いてきた。その気配を背に感じたガイは左手の仕草だけで止まるよう合図し、預言士に対して質問を投げる。
「……預言を詠むことは禁止されているはずだが?」
「救いを求めるものに道を指し示す。それが私の務めです。あなたも、救いを求めてここへいらしたのでしょう?」
男は自分の言葉をそうと信じて疑わない。会話はちぐはぐであるし、明らかに敵意を向けられているにも関わらずお構い無しにニコニコと笑っている。まるで状況が見えていないようだった。
「残念だけど、あなたが果たすべきオツトメは別だから!」
アニスがガイの脇を通り抜けて最前線に乗り出した。ビシッと音が聞こえそうなほど勢いよく男を指さし、
「預言読譜及びその幇助の疑いであなたを連行します! 確保!」
その一声で騎士たちが男の周りを取り囲み、捕縛しようと二人の騎士がその身体に触れた。男は抵抗する様子を見せず、されるがまま両腕を背中で括られようとしていた。しかし、
「導きを……」
男がそう呟くと両手が光り輝き、騎士たちの体に暗紫色の霧が纏わりついた。
「ぐっ……!?」
それは一瞬で、あっという間に霧が消え────騎士の身体に入り込んでしまうと、二人とも叫ぶことも出来ず、バタリとその場に倒れてしまった。
「なっ……」
残る騎士とアニスはそれを見て、男との距離をあけるように思わず後ずさった。男の手から、コロン、と二つの石が転がり落ちた。譜石だ。
「アンタ、何したの!?」
「アニス! あんたらもだ、全員下がれ!」
ルークの指示に従ってアニス達は預言士との距離をとる。ルークの背中側に回り込んだアニスは抜刀しているその背に向かって話しかける。
「ルーク、どうするの!?」
「多分アレの仕業だからそれをおびき…………あ〜〜っ! いいだろ、とにかくなんとかするんだよ!」
「はあ!?」
説明がめんどくさくなって放り出したルークは男の意識を引くようにローレライの鍵を構えて駆け寄り、真正面に対峙する。
「導きを……導き、を……導きを、導きヲ導キヲ導キヲ」
壊れた機械のように繰り返す男の目はルークを捉えているはずなのに、まるで見られている気がしない。どこか、全く違う虚空を映しているように感じた。鍵を握る手のひらに意識と力を集中させる。
「ルーク、ここでやるのか!」
「ああ、だってしょうがないだろ!」
「……ええ、そうね。こうなったらやるしかない!」
ルークの力が高まるのを感じて、ガイとティアが動き出す。
「クロア リュオ ズェ トゥエ リュオ──────」
「全員ティアから離れるな!第七音譜術士(セブンスフォニマー)は絶対に第七音素を使うなよ!」
ティアが詠唱に入るのを聴いて、ルークは自分の中の第七音素を少しずつ開放する。
「─────フォースフィールド!」
キン、と清麗な音と共にティアの譜術が完成した。第二譜歌のフォースフィールドには瘴気の侵入を防ぐ力もある。であれば、瘴気集合体にも有効なはずだ。
今なら、とルークは自らの音素調節器官・フォンスロットを回す。それに呼応するように、目の前の預言士からゆらりと影が立ち上った。ルークの持つ強い第七音素に惹かれ、瘴気集合体が抜け出そうとしているのだ。
(あと少し……!)
ルークがそう思った時、
「ミチビキヲ─────!!」
人の声帯から出る音とはとても思えない叫び声と共に、男自身の怒気を現すように、彼から瞬間的に暗紫色の霧が噴き出した。それは鉄格子の中で眠る者達や、男の傍で倒れる騎士たちから出現した霧を吸い上げひとつになると再び預言士の中へ戻った。
「……!」
ルークは咄嗟に第七音素の開放を中断した。すると預言士から触手のように伸びた暗紫色の影がルークの身体めがけて素早く突き出された。
「あっ……ぶねぇ……!」
横に飛び退き直撃は免れたが、先程までルークがいた場所には触手が深々と突き刺さっていた。外したと知ると、触手は再び男の身体に格納されるように戻っていく。
「ぎゃー!! なんなのあれ! キモッ!? 趣味悪っ!!」
思いもよらず、ルークの背後でアニスが叫び声を上げた。
(アニスのやつ、見えてる!?)
ルークがそれに一瞬気を取られると、今度は複数伸ばされた触手がルークを狙った。体勢を整えきっていなかったルークは今度こそ避けられない。
(しまった……!)
せめて鍵を盾にしようと体の前に構えると、
「ノクターナルライト!」
ルークの足先に突き刺さったティアの暗器が障壁を形成し、触手を弾いた。
「断空旋!」
術に怯んだ触手を、一気に間合いを詰めてきたガイの剣が切り裂く。切り落とされた触手はぼとり、と重々しい音をたてて地面に落ちた後、溶けるように形を崩し地面に消えていく。触手の動きが鈍ったのを確認して、ガイがルークの元へ駆け寄る。
「ルーク」
「サンキュ」
ガイが伸ばした左手を右手で取り、立ち上がる。二人で走ってフォースフィールドの効果範囲まで下がった。
「二人とも平気ね?」
「ああ、助かった」
「さてどうする、予想外の展開だが」
ガイはそう言いながら預言士の方を向き警戒している。ルークも同様、そちらを見ると血走った預言士の眼に捕まり、思わず唾を飲み込んだ。
「全員、見えてんだよな?」
ルークの問いにガイもティアも頷いた。預言士の背中から伸びる触手のような異形は瘴気集合体のはず。それがルークだけでなく、全員に見えている────理由は分からないが好都合だ。ルーク一人で立ち回る必要が無くなった。
そんな事を考えていると、再びルークを狙って触手が伸びる。
「!」
しかしその腕はルークの目の前で明後日の方向へ曲がった。譜歌の結界に阻まれたのだ。触手は忌々しげにその壁を殴り、壊そうとする。ひっ、と騎士たちからひきつった声が上がった。
「ねえ、あれなんなの!? みんなは知ってるの?」
「多分ね」
ティアの腕を引きながら問い詰めるアニスに対し、ティアは手のひらに乗せたボタンのような物をひとつ渡した。ディストが作った音素増幅装置だ。
「なにこれ?」
「これがあれば“あれ”に攻撃できるはずだから」
「げっ、つまりアニスちゃんもあれと闘うってこと?」
本音を口にして周りの非難に満ちた視線を受けると、アニスは「しょうがない」といった顔をして装置を手に取り、
「ルーク様〜? レスト・ド・アリストリア、ディナーフルコースにお土産も付きますかぁ?」
スイッチを入れ、背負う人形に手をかけた。
「要求がエスカレートしてねえか」
「アニスちゃんの能力考えたら妥当でしょ♡」
返事はイエスしかありえない、と言わんばかりにアニスは飛びっきりの笑顔を見せた。
作品名:テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌2 作家名:古宮知夏