テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌2
「……ですが、不思議なんですよね。火山へ行こうと思い立ったのは確かなんですが、その後どうやってあそこに行ったのか記憶にないんです」
「ディケさんもですか……」
瘴気集合体(コンタギニウム)の影響だと考えられた。瘴気集合体に取り憑かれた者は長短あれど、その大抵が記憶障害を起こす。今回の被害者はまるで図ったかのように、ザレッホ火山に至るまでの過程を忘れていた。
「ザレッホ火山にいる精霊はなんなんですか?」
「第十セフィロト、イフリートです」
ガイが何気なしに投げかけた質問。それに答えたディケよりも、隣に座るアンの方が瞳を輝かせた。
「火炎の魔人、イフリート。巨大な体躯に真紅の炎を纏い、ひとたび振るえばその腕は金剛さえも両断する。生命に力と勇気を分け与える猛々しき豪傑、です!」
ほお、とガイが思わず感嘆する。アンは自分の椅子の下に置いた荷物を漁り始め、一冊の本を取り出した。
「これです!」
アンが開いて見せたのは絵本だ。相当読み込まれているのだろう、ページの縁は擦り切れ、綴じ口の糸も見えている。そんな本の中心、見開きいっぱい使って描かれているのは真っ赤な体に紅の炎を纏った屈強な男性のような姿。イフリートだ。
初めて見る精霊の絵姿を食い入るように見つめるルークに気付き、アンは絵本を差し出した。それをそっと受け取り、まじまじ眺めるルークを横目にティアはディケに問う。
「当然、今回は会えなかったわけですね」
「恐らく……」
記憶が定かではないので断言はできませんが、と前置きした上で
「学者人生、今まで幾度となくセフィロト付近を調査してきました。しかし一度たりとも、彼らに触れたことはありません」
ディケはそう言って苦笑を浮かべた。
「……そして、きっとこの先も。中には『人類は精霊に見離されたのだ』なんて言う者もいるくらいです」
悲しそうに語るディケに返す言葉もなく、ティアは口を噤んだ。その様子を見ていたルークははたと気が付き手元の絵本のページをそっとめくる。
「なあアン。アスカのページはどこだ?」
「えっと、今のイフリートから……五ページ送ってください」
アンがテーブルに身を乗り出しながらルークに指示を出す。
「ご…………あっ!?」
目的のページにたどり着く前にルークの手が止まった。
「ルーク?」
「こいつ、あの時の……っ」
思わず口に出してから言葉を飲んだ。全員の視線がルークに集まる。ルークはディケとアンの顔を見た後、困ったようにティアとガイに視線を送った。
不思議に思ったガイがルークの手元を見ると、そこには黄色の稲妻と紫色の背景が印象的な絵が拡がっていた。
「──────雷の精霊、ヴォルト?」
ページの角に記された文章を読んで、背景だと思った紫色はそうではなく、大きな丸い紫の物体がページいっぱい使って描かれているのだと気づく。
絵本用にデフォルメされているのか、ヴォルトとされる球体の中央には鋭いながらにおとぼけて見える目が付いており、それを見たガイは微笑ましさに軽く笑ってしまった。
「……そういえば」
ヴォルトと聞いて、ディケが口を開く。
「救い出して頂いた、あの時……凄まじい雷鳴を聞きました」
ルーク達の表情をしっかり確認しながら、なお続ける。
「その事は他の誰も語りませんし、右も左もわからぬ中の出来事だったので、夢だったのだと思っていましたが……あれは」
隠し立てをしても仕方が無い。ルークは大人しく頷き肯定した。
「夢じゃない、です。実際に起こったことです」
「あのような閉鎖空間で落雷など、自然現象では説明がつかない。どなたかの譜術ですか?」
テーブルを見回すが誰も首を縦に振らない。瞬きもせず、じっと自分を見つめるディケに対し、ルークはおずおずと指を伸ばし、絵本を指し示した。
「…………まさか」
ディケの声が震える。それは歓喜か悲嘆か、はたまた恐怖、驚愕か。それ以上何も言えなくなってしまったディケを前に、ルークは意を決して口にする。
「俺、こいつを……見ました」
ヒュッ、と喉が締まる音。そして、
「なんッッッッですとぉぉおおおおおおおお!!!!!」
ビリビリと窓ガラスが揺れる。なんだなんだというざわめきの中、店内全ての視線を独り占めにした後レストランのチーフにやんわりと退店を促されたのであった。
作品名:テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌2 作家名:古宮知夏