テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌2
ルーク達は教会に入り早速大聖堂に向かおうとすると、入口すぐの広間で物々しい雰囲気の一団と出くわした。
何やら叫び訴える人物を大勢で取り囲んでいるようだった。
「どうしたのかしら」
普段は静謐さで満ちる大教会にそぐわぬ喧騒にティアは眉をひそめる。遠目からも神託の盾騎士団が多く集まっているのがわかり、素通りすべきかどうか判じかねていると集団から少し離れたところに立っていた人物が駆け寄ってきた。
「─────フローリアン!」
思わぬ場所での再会に驚くルーク。フローリアンは走る勢いそのままに、ルークに飛びついた。
「ルーク! えへへ、ちょっと久しぶりだね!」
「おう、元気だったかフローリアン」
「うん!」
胸元に擦り寄せられたフローリアンの頭を撫でてやると、くすぐったそうに笑ったフローリアンはルークから腕を外し正面に立った。
「…………おん?」
ルークが眉間の皺を深くしたのに対し、フローリアンは笑顔のまま「うん?」と首を傾げる。ルークはフローリアンから一歩下がり、その頭頂部からつま先まで視線を何度も往復させて見回した。
「お前…………」
口に出すとその事実を認めることになりそうで、ルークは些か不服ではあるがなんとか笑顔を取り繕いながら続ける。
「……背、伸びたな……?」
「へ?」
言われたフローリアンは自分の頭に手を乗せ、少し浮かせて上下させた。
「そうかな? ひと月前に会った時と変わらないと思うよ」
フローリアンからしてみれば婚礼の儀で顔を合わせているのだから、いくら伸び盛りとはいえこの短期間で指摘されるほど成長するはずがない。しかし、“今のルーク”にとってフローリアンとの再会は二年ぶりだ。まだ追い抜かれこそしていないが、昔は5cmほどあったはずの身長差が殆ど無くなっている。自分の背もそれなりに伸びたつもりだったが、それを上回るフローリアンの伸長に若干の嫉妬を覚えた。
「ルークこそ元気そうでよかったよ。アニスから目は覚ましたって聞いてたけど、僕心配してたんだから」
「悪かったな、迷惑かけて」
ううん、とフローリアンは首を横に振る。また会えて嬉しいと笑う顔は、記憶の中の彼より少し大人びていた。
「みんなは今日どうしたの? あ、もしかして大詠師様にご用?」
「いや、今日は……」
「どういうことだ!!」
ルークの言葉を遮るように飛び込んできたのは男の怒鳴り声。例の集団の中心、騎士達に取り囲まれている人物が発信源のようだった。フローリアンは困ったように一瞬後ろを振り返り、ルーク達に距離を取らせるような身振りをした。
「ごめんねみんな、大詠師様は今ちょっとお忙しくて」
フローリアンの言葉で、群衆の中に大詠師トリトハイムもいることに気づく。さらに人々の間から垣間見えた男の顔に、ルークは見覚えがあった。
「……あいつ!」
いまだ喚き散らす、背の低い小太りの男。嫌味ったらしいタヌキ顔は忘れもしない、ベルケンドで一悶着あった教団員だ。
「きちんと護送されてきたようだな」
ガイの口調はいつも通りの軽いものだが、その表情は少し堅い。彼もあの男に対しては思うところがあるのだろう。
「みんな、あの人知ってるの?」
「捕まる所に居合わせただけだけどな」
尤も、あの時点では当の本人に捕まっている自覚はなかっただろうが。まさか再びあの顔を見ることになるとは思っていなかったルークは苦虫を噛み潰したような顔をして皆に問う。
「どうしてあいつがここに?」
「恐らく地下牢に一時収監しようとしているんじゃないかしら」
答えたのはティアだ。確かにダアトの大教会には地下牢が併設されている。なるほど、と何気なくティアの方を振り向いたルークはぎょっとした。声には出ていなかったが、その瞳には明確な怒気が灯っていた。それも激しく燃え盛る炎ではなく、氷のような静けさをはらんでいるのが逆に鬼気迫る。ルークは思わずごくりと唾を飲んだ。
それを知ってか知らずか、フローリアンが
「でもね、自分は悪くないって言い張っててあそこから動かないんだ」
ホント困っちゃうよね、と小首を傾げた。いかにもありそうな話だとルークが乾いた笑いを零すと、背後から複数人の足音が聞こえてきた。あ、とフローリアンが音の出処に視線を向ける。重めの靴音にカチャカチャと金属がかち合って立てる音。それだけで応援の騎士が到着したのだろうと予想が着いたが、つられてルークも後ろを振り返った。
ぱっと目に飛び込んできたのは一際背の高い壮年の男性。長めの黒髪をひとつに束ね、眉間に深い皺を刻んで正面を見据える視線は鋭い。数名の騎士を引き連れ、集団の中にいながらも自然と人目を引き寄せる男性には遠目からも感じる不思議な風格があった。
彼からただの一兵卒には無いものを感じていると、総長、と誰かが小さく呟いた。ティアとフローリアンは一歩前に出て敬礼をする。
(総長……ってことは)
彼がヴァン・グランツの後任、現神託の盾騎士団総長。
名はなんといったか。先日一度話題にのぼった覚えがあるが、詳細までは出てこない。
ルークがまじまじと騎士団総長を見つめる中、彼の方はこちらに一瞥も寄越すことはなかった。一切の迷いを感じさせない足取りで騒ぎ喚く男の前に歩み出ると、それまで男を取り囲んでいた騎士達がさっと避け、両者が真っ向から対峙する形になった。
「ヨハン! これはなんだ、どういう了見だ!」
「お静かに。他の敬虔な礼拝者の邪魔になります」
ヨハンと呼ばれた男性は眉ひとつ動かさず、その気迫と重い声音だけで男を制した。空気が張り詰め、すっと周囲の温度が下がるような感覚。遠巻きに聞いていただけのルークすら思わず居住まいを正した。
「連れて行け」
「はっ」
ヨハンの一声で後ろに控えていた騎士達が動く。
「何を……やめろ、離せ!」
抗議を続ける男を騎士達が両方向から捕え、地下へ続く階段へ向かおうとした。
「貴様ら! 私を誰だと思っておる! このような真似……!」
半ば引きずられながらもまだ喚き散らす男に対し、ヨハンは既に興味を失ったように他の教団員と何事かを話していた。その態度が男の怒りを助長したようで、顔を真っ赤にしながら一際大きな声をあげた。
「新参者が! 貴様のような蒙昧な輩の暴挙を、始祖ユリアは許さぬぞ!」
その瞬間、空気が大きく動いた。そう感じたのはヨハンの大きな体躯が周囲の空気を巻き込み移動したからだ。目にも止まらぬ動きで、気付けばヨハンは男の襟ぐりを掴み上げ、額を至近距離で突き合わせていた。動作の名残が風となってルークの前髪をふわりと揺らしたように感じるほどの勢いだった。
踵が浮き上がった男は喉をつまらせ、驚きで目を見開きヨハンを凝視している。そしてヨハンが静かに口を開く。
「貴様に始祖の名を騙る資格はない。二度と私の前で口にするな」
地面に投げ捨てるようにヨハンが手を離すと、男はドサリと尻もちをついて立てず、口をあんぐりと開けていた。
ヨハンが男に背を向け回廊を歩く中、誰もが口を噤んでいた。
ただ居合わせただけのルークすら場の空気に飲まれていた。茫然自失となった男が再び騎士達に腕を掴まれ階下へと姿を消すまで、指一本動かすことが出来なかった。
作品名:テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌2 作家名:古宮知夏