テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌2
「ところで、そっちの研究はどうなんだよ。順調なのか?」
ルークがジェイドに話を振ると、フッと鼻で笑われた。無理やり話題を変えた事を見透かされているのだろうが、ジェイドに弱みを見せることになろうと、この話を続けない方がルークにとっては重要だった。
「順調とは言い難いですが、多少の進展はありましたよ」
「へえ、良かったじゃん」
「全然良かねーよ」
そう言ったレヴィンは持っていた紙の束をテーブルに投げ置き、より深く椅子に沈み込んだ。
「理屈はわかっても理論がなってねえんじゃ話にならねえ」
再び菓子に手を伸ばし、苛立ちをぶつけるようにバリバリと音を立てて咀嚼する。ぞんざいな扱いを受けた茶菓子は器からこぼれ落ちてしまったものもあった。
「どういう意味だ?」
ルークが素直に疑問を口にする。レヴィンは口が塞がっているので、自ずとその質問はジェイドに向けられる。仕方がないとでも言いたげにため息をつき、ジェイドは話し始めた。
「問題になっていた瘴気集合体の可視化ですよ。本来、奴らには実体が無い。そのためこれまで気付かれることなく人々の間を渡り歩き、感染を広げてきた。しかし、奴らに実体を与える術式があるらしい……というところまでは来ました」
「フィフィがやってた、あれか」
耳と尾の長い、薄緑色の生き物の行動を思い起こす。あの生き物が触れると、ルーク以外に見えない瘴気集合体は他の人にも見えるようになっていた。それがジェイドの言う「術式」なのだろう。
「ただの音素(フォニム)の塊である瘴気集合体に対して、元素を集約・結合させ実体を造り出しているようなのですが」
「は…………ぁ?」
この時点でルークはもうついていけない。別に解らなくてもいいですよと言わんばかりにジェイドは首を振る。
「直接元素を操る術式など聞いたことがない。如何にして再現するか、悩んでいたのですよ」
「つまり……?」
「あのネズミ、マジで得体が知れねえってことだよ」
最後悪態をついたのはレヴィンだ。頭の後ろで手を組みながら椅子を揺らしている。
「これが人間相手なら術式の解析読解なんざあっという間なのにな」
「どうでしょうね。解析できたところで常人では扱えない可能性が高いですよ」
二人の雰囲気を見て、ルークはこっそりティアに耳打ちする。
「……なぁ。そんなに難しいのか、元素を操るって」
「そうね……私達が使う譜術は基本的に音素に働きかけるものよ。その結果、元素に影響を与えて様々な効果を生じさせるんだけど……」
「つまりフィフィは、音素をすっ飛ばして元素を直接動かしてるってことか……?」
「そういうこと、よね」
ルークにもなんとなく、ジェイド達が頭を抱える理由がわかってきた。理屈はわかっても、それを実践するための理論が立たない。先程のレヴィンの言葉は、このことだったのだ。
「……それで、その得体の知れないネズミさんはどこにいるんだ?」
壁によりかかりながら聞いていたガイが、胸の前で腕を組んだままに訊ねる。
「それならそろそろ……ほら、来ましたよ」
ジェイドが首をめぐらせ、部屋の出入口であるドアを顎で指すと丁度コンコン、と遠慮がちなノックの音がした。
「失礼します」
その姿を見たルークが、あ、と声に出す。
「ジェイド先生」
半開きのドアからひょこりと中を覗く顔には見覚えがある。青みがかったプラチナブロンド、焦げ茶の瞳。以前この研究棟で助けた少年、リヴだ。
「ご苦労さまです、リヴ」
ジェイドの労いにこくり、と頷きその顔がまた扉の向こうに引っ込むと、扉が閉じそうになったりまた開いたりするので、ガイが近寄って扉を支えてやった。子供にここの扉は少々重い。
「大丈夫か…………ん?」
そしてガイは、リヴの腕の中に抱えられている毛玉に気付いた。
「フィフィじゃないか」
フィフィを両腕で抱えていたせいで、リヴは上手く扉を開けられなかったのだ。そう重いわけではないが、動きの制約は出る。
リヴとフィフィの瞳が同時にガイを見上げると、フィフィはするりとリヴの腕を抜け、ガイの肩に飛び乗った。
「ははっ、元気だったか」
ばさりと大きく尻尾を一振してフィフィは答える。ガイは嬉しそうに、扉を支えるのとは逆の手でフィフィの首元を撫でた。
その横を通って、リヴがおずおずと入室してくる。ジェイドが軽く手招きをすると小走りで傍まで寄ってきた。リヴは最初ジェイドを見上げたが、次にはルークやティアを不思議そうに見た。
「リヴ、ご挨拶は」
「こんにちは」
ジェイドに言われて、思い出したかのようにぺこりと頭を下げる。すると、
「え〜〜っ! 大佐、何ですかこの子! 美少年〜! わっ、めちゃくちゃ大佐にそっ」
「ッッ!!」
アニスの口をルークが電光石火の早さで塞ぐ。半ば羽交い締めにしてジェイドとリヴから距離を取っるように後ろに下がる。
(ばっかアニス! 余計なこと言うな、死にてえのか!?)
(え〜っなんでぇ〜? あんなの気にならないわけないじゃーん!)
こそこそとアニスを窘めていると、ジェイドが無言でにっこり笑ってこちらを見ていることに気付いた。ルークも、
「いや。こっちは気にせず、続けてくレヨ。ハハ」
と、これ以上無いほどぎこちない笑顔で返した。どうせ全てお見通しであろうジェイドは「ではそうします」と言ってリヴに意識を戻した。
「ありがとうございました、リヴ。そしてもうひとつお願いがあるのですが」
こくり、とリヴが頷く。「大丈夫だ」という意思表示であると思われた。
ジェイドがポケットからジャラリ、と黒焦げた音機関を取り出す。ザレッホ火山での一件で壊してしまった音素増幅装置だ。
「これをディストに渡してきてもらえますか」
「サフィール先生……」
ジェイドの片手に乗った装置を両手で受け取りながらリヴが呟くと、ジェイドの右目が一瞬眇られた。
「鼻垂れディスト、です」
「……はなたれディスト、先生」
「“先生”は余計です」
困ったようにリヴは首を傾げていたが、こくり、と頷くと受け取った物を胸の前で大切に抱えて出口へ向かう。また扉をガイが開けてやると、部屋を出る直前にぺこりと頭を下げた。
「いつから先生になったんだ?」
扉から手を離しながらガイが茶化す。
「なった覚えはありませんよ。あれが勝手に呼んでるんです」
ジェイドはやれやれ、と首を振った。ガイもそうかい、と言いながら「でも否定はしてなかったよな?」とフィフィの首を撫でた。
「教師なんて柄じゃないですから」
ただの独り言だったであろうその呟きを、ルークだけが耳にしたようだった。
作品名:テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌2 作家名:古宮知夏