テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌2
「手紙にあったヨハン総長ってのは?」
「兄さ───……ヴァンの後に神託の盾(オラクル)騎士団の首席総長になった方よ。あの一件から教団も騎士団も上層部の入れ替わりが激しくて……」
ルークとティアが今のローレライ教団について話していると、教会の出口に差し掛かった時に一人の男性が一行を呼び止めた。
「ティア」
ティアが振り返り声の正体を見るや否や、慌ててその男の前まで駆け寄り敬礼した。
「セングレン様」
「ご苦労様です」
楽にしてください、という声に従ってティアが敬礼を解く。その短いやり取りだけで、セングレンという男はティアより相当階級が高いことがわかる。セングレンの後ろには双子だろうか、見た目がそっくりな二人の女性が付き従っている。しかし二人とも目を伏せ口を開くどころかこちらを見る素振りすらない。
「また忙しく飛び回っているそうですね。ヨハンが無理をさせているのでは?」
「いえ、そのようなことは……むしろ私の勝手な要望を聞い入れて頂き、感謝しています」
「ふふ……それも貴女が優秀であるからこそです。素直に受け取って良いのですよ」
ティアと話すセングレンの仕草はとてもたおやかだ。高い背丈や落ち着いた声音から男性であることは間違いないが、真っ直ぐ伸びる薄紫色の長髪や細い指、優しい笑い方が彼をどこか中性的に見せていた。
「……では、しばらくダアトにいるのですね」
「はい。正確な期間はわかりませんが……」
ティアとセングレンは朗らかに談笑している。会話の内容からも解るがセングレンはティアの事を評価しているようだし、纏う雰囲気も柔らかい。見た目から、ガイより少し年上くらいだろうかと推察する。ティアにとって上司にあたる人物であるはずだが、高圧的な印象は全くない。
(昼間のヤツとは全然違うな)
アルビオールへの搭乗を拒否したタヌキ男を思い出す。同じローレライ教団員でも雲泥の差だ。見目の醜美の格差といい、神様は不公平だなと思う。
「綺麗な人ですの!」
「あーそうだな」
「顔に関しちゃお前も負けてないと思うぞルーク」
「それ褒めてんのか? 貶してんのか?」
「もちろん褒めてるさ」
「ご主人様はかっこいいですの!」
「……ありがとよ」
ミュウは嬉しそうにルークの足元で飛び跳ね、ガイは笑いを堪えている。どこか釈然としないものを感じながら整ったセングレンの顔を眺めていると、ルークの視線に気づいたのか、セングレンがにっこり微笑んだ。思わずぎくりと身体に力が入る。
「ルーク閣下」
足音ひとつ立てない優雅な足取りでセングレンがルークの前に歩み寄る。目の前で対峙してみて、彼がルークよりも若干背が高いことに気付いた。それにより、先程までは好印象だったセングレンの笑顔は途端に嫌味に見え始めた。
「こうして見(まみ)えるのは初めてですね」
「あ……はい」
多分、とは思うだけで口にはしない。帰還してから「まだアッシュだった頃」には会っていたかもしれないが、その間の記憶が朧気なルークには確かめる術がなかった。
「ローレライ教団詠師、セングレンと申します」
「どうも。ルーク・フォン・ファブレです」
セングレンは一度傅(かしず)き、ルークが名乗ると姿勢を正した。非の打ち所のない美しい笑顔が間近に迫る。ある種の威圧を感じ、ルークは思わず尻込みした。
「我らの信徒はお役に立てておりますでしょうか」
緩く微笑んだままセングレンは訊ねる。それがティアのことだと気付き、ルークはしっかりと頷いた。
「勿論です。ティアにはいつも助けられてます」
「────ふふ。よかった」
セングレンは今後もどうぞ宜しく御願い致します、とにっこり笑いその場を立ち去って行った。去り際にはティアに目配せをして、ティアもまた軽く頭を下げた。セングレンの背中を双子が追って歩き、三人の姿は回廊の角を曲がりすぐに見えなくなる。すると、彼らを見送った姿勢からルーク達の方を向きながらティアがため息をついた。
「お疲れ」
「……そんな」
ガイの労いを一度否定しながら、ティアは思い直したように再びため息をついた。
「……そうね。すごくお優しい方なのだけれど、彼と話していると何故か緊張してしまって」
「ふーん? 確かにイケメンだもんな」
「なっ……!? バカ! そんなんじゃないわよ!」
「ははは……」
ガイが苦笑いする中、ティアがルークの背中を叩き、ルークはその手から逃れるように歩き出す。ルークは悪戯っぽく笑い、ティアも口では怒っているが本気で叩いてはいない。傍から見るとじゃれ合っているようにしか見えなかった。微笑ましく二人を見守っていたガイは、足元のミュウが静かなことに気付いた。
「ミュウ?」
抱え上げるとミュウの体は小さく震えていた。
「どうしたんだ、ミュウ……」
「わかりませんの……でも、なんだかお腹がぞわぞわしたですの……」
「何……? 大丈夫か?」
ぞわぞわした、という腹のあたりを手で撫でてやるとミュウは気持ちよさそうに一声鳴いた。
「みゅう……ガイさんありがとうですの! もう平気みたいですの!」
「そうか……? それならいいんだが」
その言葉の通り、もうミュウは震えていなかった。何か変な物でも食べさせたかな、と特に気に留めなかった。とはいえ自力で歩かせるのは忍びないので、ミュウのことはこのまま抱きかかえてルーク達の後を追うことにした。
「……」
しかし、何故かガイは動かしかけた足を止めた。
「みゅ?」
腕の中のミュウがガイの顔を見上げる。視線を受けて、ガイはミュウに対して「なんでもないよ」と笑いかけた。
「っと……結構先行ってるな。急ごう」
「はいですの!」
ガイは今度こそ歩き出す。セングレンが入っていった回廊を横目に見ながら、教会を後にした。
作品名:テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌2 作家名:古宮知夏