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BLUE MOMENT10

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 あっさりと俺を残して行ってしまうアーチャーに、俺は……、何を……?
 六体目が分離しなくなったらカルデアを出て行くとまで嘯いた俺が、今さら……。
「アーチャー……」
 ここにいてくれなんて、口が裂けても言えない。
「っ……ぅ……」
 扉に縋ったまま膝をつく。
 施錠された音がして、もうこれで、外からは誰も入ってこられない。
 何かを求める時は、俺が自ら動かなければならなくなった。
 ダ・ヴィンチは、ここまで読んでいたんだろうか?
 それで、この部屋を用意したんだろうか?
 だとしたら、ほんとに天才だ。
 アーチャーを欲するなら、俺がここから出るしかない。
 待っているだけではダメだとあからさまに示されている気がする。
 だけど、そんなこと、俺に許されるのか?
 俺はアーチャーを求めていいのか?
 アーチャーは好きだと言ってくれたけど、それは……、あの深層の中だけでの話なんだとしたら……?
「アーチャー……」
 せつなくて呼んだ。
 誰も聞いていないから呼んだ。
 戻ってきてくれないかと期待して呼んだ。
「ぅ……」
 身体が熱い。
 現実に触れられたわけじゃないし、深層でのことはもちろん覚えているけど、感覚まで持ち出すことになるなんて思いもよらなかった。
「あつ……い……」
 吐く息が甘ったるい。
 まるでアーチャーに触れられている時みたいに、皮膚が震えて、身体も熱くなる。
「アーチャー……」
 自分の身体を抱きしめて呼ぶしかない。応答なんてあるわけがないのに。
「っ……、ぅ……」
 なんで俺が、こんな目に……。
 俺の中であいつらが抱き合うから、なんて恨みがましく思っても、俺自身だし、その上、六体目を拒むことなんかできない。だって、六体目もアーチャーなんだから。
 あいつは、俺を好きだと言ってくれたアーチャーなんだ……。
「でも、っ……だからって……」
 いつまでヤってんだ。
 いい加減、離れろ。
「っ……はぁ……」
 ごつ、と扉に額を預ける。施錠した扉が再び解錠してしまった。
「アーチャー…………」
 扉を開けて、追いかけて、思い切り呼んで……。
「ああ、もう……っ!」
 せつない。
 苦しい。
 触れたい。
 抱きしめたい。
 …………寂しい。
 身体が熱くて、なのに、それをどうすることもできなくて……、この熱をどうにかできるのはアーチャーだけだってわかってるけど、この部屋から出ることは、やっぱり気が引ける。
 あんなこと、あの深層(なか)だからできたのかもしれない。
 アーチャーは、現実の身体でのセックスなんか望んでいないかもしれない。
 それに、好きだと言ったからって、セックスなんてすることを望んでいないかもしれない。
 だって、あれは、六体目を定着させるために、セックスをしただけなんだ。
 表に出てからは必要のない行為なんじゃないか……?
「う……わぁ……………………」
 今後、アーチャーとどう接すればいいんだろうか……。
 今さら自己嫌悪だ。
 いろいろと……、俺は、やらかしたんじゃないだろうか……。
 全部しゃべっちまったし……、全部見られちまったし……。
「は…………」
 甘ったるいため息しか出ない。
「なのに、カルデア(ここ)で……」
 どうやって過ごせばいいんだろう……。
 どう考えても出ていった方がいいと思うけど……。
(アーチャーが、傍にいてくれって……言った……)
 ダメだ。にやけてしまう。
「ふ……っくく…………ふ……」
 笑いがこみ上げてくる。素直にうれしいと思う。
「っくふ……っ、ぅ……」
 一人笑って、涙が溢れた。
 なんだってこんなに胸が熱くなるんだろう。
 うれしいのに泣けるなんて、カルデアで空を見たとき以来だ。あの時もうれしくて、どうしようもなく泣いてしまった。
「ああ、俺……」
 この世界で幸福だと感じている。
 俺はこの世界にいた存在じゃないのに、この世界には別の衛宮士郎がいたのに、すり替わるように、俺がこの世界の衛宮士郎だとでもいうように、カルデアで平然と過ごすことができればと思っている。
(そんなことができたら……いいのに……)
 それが赦されるなら、俺がこの世界でのうのうと暮らしていても問題がないというのなら、その時こそ、俺は幸福だと胸を張って言えるんだろう。
 現状は、そうじゃない。
 俺はやっぱり、どの世界でも弾かれた存在だ。この心許なさは、どうしようとも消えない。いくらアーチャーが証明してくれると言っても、あんなのこじつけっていうか、方便っていうか、詭弁っていうか……。
 再び施錠して、扉を避けて壁に背を預けた。ぼんやりと天井のダウンライトを眺める。
 身体が熱いのは、俺の深層(なか)で六体目と俺がヤってるからだ。
 おかしなもんだな。
 俺の意識は目覚めているのに、深層(なか)でアーチャーの六体目と抱き合う俺がいる。
 サーヴァントと融合するっていうのはこういうことなんだろうか。マシュも融合したサーヴァントとああいうこと、してるんだろうか……。
 訊いていいものかな……。彼女はまだ十代だから、ちょっと、訊きづらいけど……。
(熱い……)
 こんなにも深層(なか)のことに引きずられて、大丈夫なのか、俺。
 昂る身体をどうにか宥めて、深呼吸をして……、気を紛らわそうとするけど、うまくいかない。
 寝てしまえばいいか?
 もう夜中だし、やることもない。
 目が覚めたらおさまっているかもしれないし、このまま悶々としているよりはマシだろう。
 這いつくばってベッドに上がり、横になった。
(早くおさまれ……)
 祈る気持ちで瞼を閉じた。



 ノックの音に少し頭を起こす。
(何時だ?)
 時計を確認すれば、七時を少し過ぎている頃合いだ。デジタル表示じゃないから、朝か夜かがわからない。少し考えたものの、この部屋に外の見える窓はないから確かめる方法がない。
 朝ならいいけど、夜ならずいぶん眠ってしまっていたな……。
 身体の方は、相も変わらず火照っていた。
「はぁ……」
 ため息が甘ったるい。
 起き上がるのも億劫だ、と寝返れば、再びノックの音がする。返事をした方がいいだろうかと思案していると、
「士郎?」
 窺うようなその声に、ぎくり、と心臓が跳ねた。
「士郎、大丈夫なのか? 昨夜から何も食べていないのではないか?」
 扉越しに聞こえる気遣う声に、身体の熱がさらに上がっていく。
(アーチャー……)
 ふらふらと、夢遊病者のように扉へと足が向かう。
「士郎? 起きているか? ……その、まだ、お前は、」
 アーチャーはなんだか言い澱んで、言葉を探しているような沈黙をして……、
「…………おにぎりを作ってきた。扉の横に置いておく。傷む前に食べろ」
 ぶっきらぼうな言い方だけど、その心遣いはとても温かいものだ。
 食堂に来ないから、俺の様子をわざわざ見に来てくれたんだろうか?
 だったら、今は夜なんだろう。俺は丸一日寝ていたようだ。
(そんなに疲れていたとは、自分では思わなかったけどな……)
 遠ざかる足音に申し訳ない気持ちと、扉を開けて今すぐ追いたい気持ちが綯い交ぜで、立ち尽くす。
作品名:BLUE MOMENT10 作家名:さやけ