BLUE MOMENT10
いつも和気あいあいとしているサーヴァントたちの視線が尋常ではない。
たらり、と冷たい汗が立香のこめかみを伝う。
「ああああの、士郎さん、とにかく、」
「マスター」
「へ? あ、ラ、ランスロット、何かよ――」
「これは、これは、ずいぶんと……」
「ハッ! だ、ダメだからね! 士郎さんは、ダメだよ!」
士郎に目を向けた、というより士郎しか見ていないランスロットの行く手を阻むように立香は立ち塞がる。
「何がです? いや、なぜです?」
「な、なぜって……」
円卓の騎士の一人、騎士の中の騎士と謳われるランスロットは、さも不可解だというような表情を浮かべている。
「私が彼に声をかけることに、何か問題でも?」
「も、問題だよ! ランスロット、絶対いかがわしいことしそうじゃん!」
「いかがわっ? マ、マスターっ? 何か、誤解が、」
「ランスロット卿」
いつになく冷めた声にランスロットは、びく、と姿勢を正す。
「マ……、マシュ、な、何もしていない! マシュ、私は何も……、マ、マスター、では!」
「あ、はい」
後退っていったランスロットは片手を上げ、そのまま背を向け、立香はその背を半眼で見送った。
(何かする気だったんじゃん……)
こと戦闘においては頼りになる騎士ではあるが、少々、ある部分で行きすぎていることを立香も知っている。
あれさえなかったらなぁ、と思わなくもない立香だが、そういう不完全なところも引っくるめて立香はランスロットだと思えるために、それなりに自由でいてほしいとは思っている。ただ、今は話が別ではあるが。
「マシュ、助かったよ……。ランスロットってば、すっごく正論を捲し立ててきそうだったから……」
「いえ。あの人の行動は、予測がつきましたから急いで戻ってきました。約束通り、強力な助っ人を連れてきましたよ、先輩」
ランスロットに向けた険しい顔つきとはうらはらに、にこやかに言ったマシュは、背後を振り返る。彼女は、立香が士郎に声をかける前に手助けしてくれそうなサーヴァントを呼びに行っていたのだ。マシュの視線の先のサーヴァントへ立香も目を向ける。
「ガウェイン……、えと……、大丈夫?」
伺いを立てる立香に、ガウェインはにっこりと笑みを見せる。
「もちろんです。奇しくも、私は彼のあの状態に、多少は免疫がありますので」
「免……疫?」
「以前、ああいう彼に出くわしたことがあります」
「え? そうなの? じゃあ、安心していいんだね」
「ええ、はい。もちろんです」
大船に乗ったつもりで、とガウェインは胸を張った。
「はは! 頼もしいよ。それで、マシュは大丈夫?」
「あ、あの、私は……、とても、ドキドキしますが、どうにか」
「お、おれもだよ。ほんと、あの人……」
立香とマシュは、いまだどこかへ向かおうとする士郎を眺める。
「なんでだろうねぇ……」
顔を見合わせた二人は、少し赤い顔で苦笑う。
「無事に士郎さんが目的地に辿り着いてくれればいいんだけどね……」
ランスロットの退散とガウェインの加勢で少し気を緩めた立香の視線の先では、フラフラと歩く士郎へ新たに影が近づく。
「あ!」
「先輩!」
「マスター、あ、あの、」
ガウェインがためらうように立香を呼ぶ。
「ガウェイン、今は王とかそういうの、関係ないから!」
「で、ですが、我が王には……」
「緊急事態だよ!」
「ガウェイン卿!」
立香とマシュに強く迫られ、迷いつつもガウェインは踏み出す。
「アルトリア!」
「アルトリアさん!」
「王、今は、どうか、」
「マスター、マシュ、それにガウェイン卿、なんなのです? 退いてください」
言い方は丁寧だがセイバーのアルトリアは、明らかにガウェインを威圧している。
「う……っ……」
ガウェインは、自身の王たるアルトリアにやはり気後れするようで、二の句が次げない。
「私はシロウに用があります。そこを退きなさい」
「アルトリア、今はちょっと! 士郎さん、ほら、えっと、ちょっと、調子が良くな――」
「そうなのですか! ならばなおさら、私の部屋で休ませましょう!」
「え? あ、ちょっ、アルトリア! って、わっ! アルトリアがもうひと――」
立ちはだかるガウェインと立香をすり抜け、マシュをかわして、アルトリアは士郎の眼前に至る。その彼女に続き、立香たちの前を過ぎた者も、止める間がなかった。
「シ、シロウ、身体の具合が、わ……わる……」
アルトリアは勢い込んだ言葉を萎ませていく。真っ赤になって口を閉ざしたアルトリアを琥珀色の瞳が捉えた。
「セイ……バー?」
少し辛そうに眉根を寄せた士郎の引き結ばれた唇は、やがて、熱い吐息を漏らす。
「え、ええ、ええ! わ、私はセイバーです! そ、その、シ、シシ、シロウは、どど、どどこに、向かっ――」
「アー…………チャー……」
アルトリアを見ていた士郎の視線は、すい、と逸れ、再び真っ直ぐに前だけを見ている。
「あの…………アーチャー……、とは…………」
愕然と呟くアルトリアを背後から押し退け、
「ええ、はい! 私がアーチャーです!」
「な! アーチャーの私っ? いつの間に!」
胸を張って言い切ったのは、同じくアルトリアではあるが、アーチャーの、いわゆる水着アルトリアだ。夏のイベントの霊基そのままにカルデアに現界している。
「アーチャーのアルトリア・ペンドラゴンです! いかがです? 貴方の求めるアーチャーですよ!」
「なななななにを言っているのか、水着の私! シロウは、アーチャーと言っただけで、貴女のことを言ったのではありません!」
セイバーのアルトリアが、士郎の行く手に立ち塞がった水着アルトリアの肩を掴んだとき、
「……セイバー」
「な! ち、違います! セイバーのアルトリアは、わた――」
「ここは暑くもないんだから、そんなカッコじゃ、カゼひくぞ」
水着アルトリアの羽織るパーカーのファスナーを、シャ、と一番上まで上げて、士郎は再び壁を頼りに歩き出した。
「「…………」」
頬を染めたまま、二人のアルトリアは、ぽけー……、と士郎の後ろ姿を見送るしかない。
「ぷ!」
「は! マ、マスター、何を笑うのですか!」
「あ、ご、ごめん、ごめん! だって、士郎さん、アルトリアのこと、全然眼中にないから……」
「「なっ!」」
立香の言葉に怒るかと思えば、アルトリアたちはしょんぼりと肩を落とす。こころなしかいつも元気なアホ毛も項垂れているようだ。
「アルトリア、その、今はさ、ちょっと……、えっとー……」
「マスター、憐れみは必要ありません……」
「あああ、いや、そ、そうじゃ、なくて!」
「アルトリアさん、今、士郎さんは普通の状態ではありません。なので、落ち込むことはないです」
「マシュ……、普通じゃないって……」
「あ、あの、言い方は悪いですが、えっと……」
立香の苦言にマシュは慌てて取り繕おうとする。
「あー、うん、そうだよね。普通じゃない」
立香も認めたことで、マシュはホッと頬を緩める。
「今はちょっと、士郎さんは周りが見えてないんだよね。だからさ、アルトリアたちも手伝ってよ」
「手伝う?」
「何をですか?」
作品名:BLUE MOMENT10 作家名:さやけ