BLUE MOMENT10
「マスター、説明するよりも、ご覧になっていただいた方が早いでしょう」
「ガウェイン卿?」
「そうだね。アルトリア、見て」
立香は士郎を指差す。アルトリアたちの視線も士郎を捉えた。
「「あ……」」
おぼつかない足取りの士郎を遠巻きにするカルデアのスタッフと、複数のサーヴァント。様子を窺いながら歩み寄っていくサーヴァントもいる。
「シロウが……、あ、危ういです!」
すぐさま駆けて、セイバーのアルトリアは士郎に声をかけようとしたサーヴァントを留めた。
「手伝ってくれる?」
出遅れた水着アルトリアに立香は訊ねる。
「あ、当たり前です!」
彼女も二つ返事で答えてくれる。
かくして、心強い味方をつけ、立香も士郎をガードしつつ、士郎の目指す何処かへと廊下を進むことになった。
「先輩、士郎さんは、どこに向かっているのでしょう?」
立香に小声で問うマシュに首を捻りつつ、
「このまま行くと食堂だよね? お腹空いたのかなぁ? あ、でも、」
何かに気づいたように、マシュと頷き合う。
「エミヤのところ!」
「エミヤ先輩のところ!」
口を揃えて二人して合点がいき、振り向くガウェインに伝える。
「ガウェイン、士郎さんの行き先は、たぶん、エミヤの部屋だよ」
「そうなのですか? では、彼を呼んできましょうか?」
「あー、いや、待って。本当にそうかどうかわからないから、おれたちは、見守っていよう」
「了解しました」
慇懃に頷いたガウェインは士郎の後方を立香とともについていく。
「それにしても、マスターは、平気なのですか?」
「え?」
「い、いえ、なんでもありません」
ガウェインは、バツ悪そうにあらぬ方へ視線を流す。
「ガウェイン?」
立香とマシュに、不思議そうな顔で見つめられ、ガウェインはいたたまれない。以前、食堂で突っ伏していた士郎をどうしても思い出してしまい、思わず顔が熱くなりそうになっている。
「へ、平気であれば、け、けっこうです」
「なになにー? ガウェインは、平気じゃないのー?」
にやにやと立香はガウェインを窺う。
「マ、マスター! からかわないでいただきたい!」
つん、とそっぽを向いてしまったガウェインに立香は、ごめんごめんと謝る。全く謝っている感じがしない、とマシュに指摘され、立香は笑いそうになる顔を無理に引き締めて真面目に謝るのだった。
「あ、エミヤの部屋が見えてきたよ」
「やはりシロウは、エミヤのもとへ?」
アルトリアたちが立香を振り返る。
「たぶん……。ここまできたら、間違いないと思うけど……」
「私は確信が持てませんが……」
ガウェインが正直にこぼすと、アルトリアもマシュも頷いている。
ここまで来て素通りはしないでしょ? と立香は半ば祈る気持ちでエミヤの部屋と士郎を交互に見つめる。
やがて、予想通りにエミヤの部屋の前で士郎は足を止めた。
エミヤの部屋のロックが解除できないのか、他の理由があるのか、士郎は突っ立ったまま扉を見つめている。
「マ、マスター! 間合いを詰められつつあります!」
士郎を遠巻きにしていたサーヴァントたちを見かね、アルトリアたちは立香に訴えた。
「わかった! あの、士郎さん、おれがエミヤを呼んで――」
見かねた立香がエミヤを呼び出そうとしたとき、士郎の指がロック解除のパスワードをなぞった。
扉が開けば、そこにエミヤが立っている。彼は部屋を出ようとしていたようで、目の前にいる者に驚いた様子だ。
「な――」
エミヤが発した声は一瞬にして消え、驚きに瞠った鈍色の瞳が唖然とする立香たちを映す。
「エ、エミ……」
声をかけようとした立香は、ぽかんと口を開けたまま、閉まる扉の向こうの、エミヤの微笑みを見送った。
「……してたよね?」
「……はい、してました」
「「…………」」
赤くなって、食堂の比較的隅っこのテーブルに並んで、立香とマシュは声をひそめて頷き合う。
「よう、マスター。ん? あれ? どした?」
「あ……」
声をかけられて振り返るとキャスターのクー・フーリンが立っている。
「うん……」
何をどう言えば、と立香が迷いながら、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「えっと……士郎さん、と……エミヤの……」
「なんか見たのか? もしかして大喧嘩とか?」
「いやいやいや、えーっと……、その……、真逆の、キ、キスシーン……」
クー・フーリンは目を丸くした。絶句とも違う、それほど驚いていない様子の彼に、立香は首を傾げる。
立香とマシュ、それにあの場にいた者のほとんどが驚きに声すら上げられなかったというのに、クー・フーリンは、ほーとかへーとか言いながら、感心したように、うんうんと頷いている。
「驚かないの?」
「んー? ああ、まあ……。予想はしてたしな。にしても、あいつら、やっとだなぁ」
「え? もしかして、ダ・ヴィンチちゃんと同じく、何かいろいろ知ってる感じ?」
「んー……………………、まあな」
「その沈黙って……」
立香が苦笑いを浮かべながら訊けば、
「ま、いろいろと、だ。んで、まぁ、あいつら、これで、まーるくおさまったんじゃねーかなって、な」
「そうなのですか?」
マシュが期待を籠めて訊けば、
「おう。もう大丈夫だろ」
クー・フーリンは、呵々と笑って肯定し、その場を後にした。
「なんか、思ってたのと違う展開だけど、これはこれで、まー、いいのかなぁ」
「私は、エミヤ先輩と士郎さんが笑っているのであれば、なんでもいいです」
マシュのきっぱりとした口調に、立香は頷く。
「そうだね。おれもそう思う。そんで、おいしいご飯作ってくれて、仲良しでいてくれれば」
「はい。士郎さんがカルデアに来てから、エミヤ先輩のいろいろな表情が見られるので、私はとてもうれしいです」
「そっか。うん、そうだね! って、なんか、安心したらお腹空いてきちゃったな」
「マスター。ちょうど良かった。夜食を確保しましたので、どうぞ」
す、と軽食の載った二つのトレイをテーブルに置いたのは、先ほど逃亡を図ったランスロットだ。
「ありがとう、ランスロット。気が利くね!」
「い、いえ、それほどでもありませんよ」
じとり、と見上げるマシュの視線に目を向けることなく、ランスロットは、ぎくしゃくとしながら飲み物を取りに行った。
「あの人、絶対に名誉挽回しようとしています」
マシュの厳しい指摘に、立香は笑うしかなかった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
ダメだ……。
そう思っても足は止まらない。
「アーチャー……」
口から出るのは、その名と熱い吐息ばかりだ。フラつく身体を壁に手をついて支え、どうにか次の一歩を踏み出す。
「アー……チャー……」
俺にはもう、それしか言葉がないみたいだ。
「シロウ!」
呼ばれて、目だけを向ければ、金の髪を揺らして、セイバーが駆け寄ってくる。
「お久しぶりです! カルデアに帰ってきたのですね! シロウ? あの……何か……その、ありましたか? シロウ、その……」
セイバーは、なんだか赤くなって俯いた。
なんだろう?
用がないのなら、悪いけど先を急がせてもらう。さっきも藤丸が何か話していた。だけど、急いでいるからって足を進めた。
作品名:BLUE MOMENT10 作家名:さやけ