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自分らしく
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彼方から ― 幕間 ―

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 ――逆に、ノリコに意識があったら、互いに変に意識しちまって、処置どころじゃないと思うんだけどねぇ……

 年を重ねたガーヤだからこそ、そう思えるのだろう。
 まだまだ、年若いバーナダムがそこに至るまでの道のりは長い……
 ガーヤは、イザークに対する怒りに手を震わせているバーナダムに溜め息を吐いた。
「じゃあ、あんただったら、一体どうしていたんだい? バーナダム」
「え?」
 少し、怒気を含んだガーヤの言葉に、バーナダムは顔を上げた。
「もしも、一緒に居たのがあんただったら、どうしていたのかって訊いているんだよ」
「……それは……」
「イザークと、同じ判断をしたんじゃないのかい?」
 ガーヤにそう言われ、見据えられ、バーナダムは何も言えなくなる。
 だが、その脳裏には、想像ではあるが、大怪我を負い気を失っているノリコの服に手を掛けるイザークの姿が、まるで実際眼にしたかのようにまざまざと浮かんでくる。
「お、おれだったら! 後でノリコが恥ずかしい思いをするようなこと……!!」
 思わずカッとなり、そう口走っていた。
「もしかしたら、命に係わるような怪我を負っているのかも、知れないのに――かい?」
「ガーヤ……」
 窘めるように見据えられ、バーナダムは唇を噛みながら俯き、
「ジーナは無事だって――占っていたのに……」
 そう呟く。
「ったく……仕方のない子だねぇ、占者は万能じゃないんだよ? それくらい、あんただって分かっているだろう? それに、確かに無事だったじゃないか」
「無事って! 怪我をしてたじゃないかっ!」
「ノリコの命が、だよ……バーナダム」
 ガーヤの言葉に、ハッとするバーナダム。
「森の魔物に操られた大岩鳥に攫われた後……二人がどんな目に遭わされたのか、その場にいなかったあたし達には知る由もないけど、きっとイザークは本調子じゃない中、必死にノリコを護ったんじゃないかと、あたしは思うけどね」
「……そんなこと、言われなくても……」
 自分だって、同じ立場に置かれたら、何があろうとノリコを護ろうと必死になる……
 男として――女を護るのは当たり前のことだ。
「それでも、ノリコに怪我をさせてしまったことを、イザークが悔いてないと思うのかい?」
「…………」
 無言で俯いてゆくバーナダム。
「ノリコの応急処置をする時、イザークに躊躇いがなかったと思うのかい?」
「…………」
 一つも言葉を返せないバーナダムに、ガーヤは問いを重ねてゆく。
「もう一度聞くけど、あんただったら、何を第一に優先して、行動するんだい?」
 腕を組みながら、少し冷ややかな眼でバーナダムを見据え、ガーヤは彼の返答を待っていた。

 分かっている……あいつが、どれほどノリコの怪我を気にして、自分を責めているのかくらい……
 おれだって、きっと同じだ。
 自分の力が足りずに怪我を負わせてしまったんだから、悔やんでも悔やみきれない。
 応急処置を優先したのだって、当然のことだ。
 服を脱がさなければ、怪我の手当てが出来ないことだって分かっている。
 分かっているんだ、みんな……言われなくたって、頭の中じゃ仕方のないことだって分かっている。
 イザークが悪い訳じゃない。
 一緒に居たのがあいつじゃなかったら、ノリコを護ることなんて出来なかった。
 それが分かるのが、悔しくて仕方がなかったんだ。
 その悔しさを、おれは、イザークにぶつけただけだ……

「ガーヤ……おれ……」
 呟くようにそう言いながら顔を上げるバーナダムの眼に、もう、怒りの色はなかった。
「どうやら、落ち着いたようだね」
 コクンと頷き返し、バーナダムは優しく微笑んでくれる彼女を見る。
「イザークに謝るかどうかは、自分でお決め。さ、もうお休み、左大公の警備隊の一員として、休める時に体を休めておくのも、あんたの仕事だよ」
「ああ……分かってる」
 ガーヤに背中を押されながら、バーナダムは俯き加減に焚火へと戻り、待ってましたと言わんばかりに出迎えたロンタルナとコーリキに、何やらからかわれている。
 その様子を横目で見やりながら、バラゴが入れ違うようにガーヤに歩み寄ってきた。
「どうかしたのかい?」
「ガーヤ達はどうするんだ? おれ達は先に休ませてもらうけどよ」
 ノリコを看ているエイジュの背中を見やりながら、そう訊ねてくる。
「ああ、構わないから先に休んでおくれ、あたしはイザークに頼まれているからね……あの子が戻るまでは、起きているよ」
「そうか? 悪いな、エイジュにも言っといてくれよ」
「分かったよ」
 振り向きながら焚火へと戻り、バラゴは他の面々と共に寝床の準備を始めた。

   ***************

「ご苦労様」
「全く……やれやれだよ」
 戻ってきたがガーヤを労うエイジュ。
 彼女の隣に座りながら、ガーヤは大きく溜め息を吐き、皆と一緒に寝床の準備をしているバーナダムを見やる。
「お年頃ってところかしら?」
 フフフッと笑いながら、同じようにバーナダムを見るエイジュ。
「ま、そんなところだね」
 ガーヤも釣られて微笑みながら、ノリコの顔色を窺っていた。
 静かに、規則正しく繰り返される寝息に、
「今のところは、大丈夫そうだね」
 ガーヤはそう言って、少しホッとしたように微笑む。
「そうね、この先、熱が出る可能性もあるけれど、それは一過性のものだろうし……あとは明日、ノリコが起きた時、どれほどの痛みがあるのか……」
 エイジュはそう言いながら、毛布を掛け直してやっている。
 慈しみ深い眼でノリコを見詰めるエイジュ……
 ガーヤは、彼女に何かを問い掛けようと思い、口を開きかけて――止めた。
 エイジュに何を問うつもりだったのか……自分でもはっきりと分からなかったからだ。
「ところでエイジュ、あんたも大丈夫かい? さっき、倒れていたけどさ……」
「ありがとう、心配してくれて……大丈夫、大丈夫よ。能力者って、体力の回復も結構早いものよ? だからガーヤこそ、もう休んで? ノリコはあたしが看ているから」
「あの子に直接頼むと言われているからね、そう言う訳にも……」
 そんな会話を二人がしている時だった。
「ガーヤ――エイジュ、あんたも付いていてくれたのか……」
 低木の隙間から、枝葉の擦れ合う音をさせてイザークが戻ってきた。
「手間を掛けて、済まない」
「いいんだよ、それよりも、薬草は見つかったかい?」
「ああ、必要なものは……」
 イザークはそう応えながら、休む間もなく、荷物の中から薬草の調合に必要な道具を取り出している。
「これから薬草を調合するつもりかい?」
 ガーヤが少し戸惑いながら、黙々と作業を始めたイザークに問い掛ける。
「……どの道、火の番をする者が必要だろう……おれに構わず、二人は休んでくれ」
「そりゃ、そうだろうけどね……」
 やれやれ……とでも言うように、溜息を吐きながら肩を大きく上下させるガーヤ。
「お言葉に甘えて、休ませてもらいましょう? 明日のこともあるし……」
 エイジュにそう促され、ガーヤは頷き返しながらも、
「何かあったら、遠慮なく起こしてくれて構わないからね」
「済まない……」