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自分らしく
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彼方から ― 幕間 ―

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 白霧の森で再会してから……こんなにもハッキリと、彼女の『気』の中に漂う感情を、感じ取れたことはない。
 イザークは僅かに、彼女への警戒を解いた。
 その気配が伝わったのか、エイジュはフッと気が付いたように振り向き、笑みを見せる。
 笑みを見せたまま、彼女はまた視線を前に戻すと、口を開いた。
「もう一度言うけれど、あなた達のことは、決して、誰にも言わないわ……あたしの口からは決して……あたしは、あなた達の味方だから……」
「……おれに、それを信じろと?」
「ええ、そうよ。但し、『今は』という言葉が付くけれどね」
 そう言いながら視線を移動させるエイジュ。
 彼女の視線の先には、皆を先導して歩くアゴルとジーナの姿が見える。
「どういう意味だ」
 イザークの言葉に、エイジュは立ち止まり振り返ると、
「『今は』あなた達の味方であるけれど、この先も、あなた達の味方であるとは限らない――全てはこれからの、あなたの行動次第……ということよ」
 そう言って、意味深な笑みを見せる。
「……おれの?」
 眉根を寄せ、険しい表情を見せるイザークに、
「ノリコをあたしに診せることも含めて、今のあたしを、あたしの言葉を信用するか否か……決めなさい――イザーク……野営地に着くまでの間にね」
 エイジュはスッ――と冴えた瞳でそう言い、また歩き始めた。

 月明かりが、ぼやけた影を地面に落としている。
 蒼白い月光はどこか優し気で、それでいて怪しげな雰囲気をも、持ち合わせている。
 まるで、エイジュの持つ雰囲気そのもののように、イザークには思えた。

 ――あんたを信用するか……否か、か……
 
 歩く速度を少し上げたのか、エイジュの背中が少しずつ離れてゆく。

 『全部知っているわ、あなた達二人のことは――何もかも……ね』

 エイジュは『二人』と言った。
 それはつまり、『ノリコ』のことも『知っている』ということだ。
 集落でおれを診る前から……
 恐らく、カルコの町で出会った時には、もう……
 だとしたら一体、いつから……
 いや、それよりも――正体を知っているにも拘らず、何故、『味方』であると……

 考えは尽きない。
 彼女の背中が遠くなってゆくだけだ。
「――っ!」
 また、ノリコが身じろぎをした。
 その顔を見やったが、痛そうでも苦しそうでもない。
 安堵し、軽く息を吐くと、イザークは立ち止まり、ノリコの顔を見詰め始めた。

 ――おれは一体、何を以って、彼女を『信用に足る人物』だと、判断するつもりでいたのか……
 
 ふと、そんな考えが過る。
 樹海で、ノリコに出会った時のことが蘇る。

 ――ノリコは、言葉も通じない、何者かも分からないこのおれを、その行動のみで、信用してくれた……
 ――白霧の森では、狂わされかけたバーナダムの本質を、誰よりも確かに捉えていた……

 それは、ノリコが誰に対しても、『何者であるのか』という拘りを持たず、その者の『本質』を見極める力を持っているから……
 イザークにはそう思える。 
 自分に、ノリコと同じことが出来るとは思えない。
 だが、少なくとも、彼女の為人を、その言動から推し量ることぐらい、するべきではないだろうか。
 エイジュが何者であるのか――そんなことに拘って、彼女の『本質』を見逃しているのではないだろうか。

 ――彼女の本質……か

 改めて、その背中を見やる。
 彼女が身に纏う気からは、穏やかに揺蕩う河のような――凪いだ海のような、大きく優し気な揺らぎを感じる。
 イザークは暫し瞼を閉じると、ゆっくりと静かに、息を吐いた。

「エイジュ」
 歩き出しながら、少し離れてしまった彼女の背中に声を掛ける。
「……何かしら?」
 立ち止まり、振り向く彼女の瞳には、『決められたの?』という問い掛けが表れている。
 待ってくれているように見えるエイジュの目前で止まると、イザークは器用に片手でノリコを抱き、肩に掛けた二人分の荷物を手に取り、エイジュへと差し出した。
「荷物を頼む」
「……いいの?」
「ああ、早くしてくれないか、ノリコが落ちる」
 そう言いながら、イザークは荷物をエイジュへともう一度差し出すが、どう見ても、ノリコが落ちそうになっているようには見えない。
「フフッ……分かったわ」
 『仕様がないわね』とでも言うように、片方の眉を顰め、荷物を受け取るエイジュ。
 受け取った荷物を肩に掛けながら、
「本当に、良いのね?」
 と、念を押すように、もう一度確認してくる。
 荷物を預けるということは即ち――『あんたを信じる』と言っているのと同じことなのだから……
「……ああ」
 ノリコを両腕でまた、抱き直した後、真っ直ぐに、瞳を見据え応えるイザーク。
「ありがとう……」
 エイジュは少しはにかんだ様に俯き、小声でそう言うと、踵を返した。
「一つ、頼まれてくれるか?」
「良いけど……何かしら?」
 彼女が歩き出そうとした出端を挫くように、声を掛けるイザーク。
「背中を痛めている……ノリコの寝床をなるべく、背中に負担が掛からないようにしてやって欲しい」
 そう言って、ノリコを見やるイザークの瞳は、とても慈しみ深く、同時に……とても辛そうに見えた。
「分かったわ……」
 笑みと共に頷き、
「先に行くわね」
 エイジュはそう言いながら、胸に指先を当てていた。

 ――『話す……』『余計……』
 ――『役割……』『守る……』

 小さな痛みと共に『あちら側』が、警告してくる。
 これ以上話すのは、『役割に反する』と……
 ただ、『小さな痛み』で終わらせたということは、ここまでは許容範囲だと、そう解釈して良いのだろう。
 これまでは、彼を――イザークを遠くから『見守る』だけ……その命に危険が及ぶ場合のみ、助けることが許されていた。
 それ以外は何があろうと、手出しすることは許されない。
 気配を……『気』を探るだけ……
 彼が自分の身を自分で守れるようになってからは、遠くから『見守る』ことすら、少なくなった。
 【目覚め】が……ノリコがこちらの世界に飛ばされてからは、『見守る』対象が二人に……イザークとノリコになったけれど、それでも、今までとやることは変わりがない。
 けれど…………
 二人を直に、近くでこの眼で見たくなって――少し、言葉を交わしてみたくなって……
 許しも出ていないのに、カルコの町で直接会い、話をしたあの時は、厳しい警告があったが…… 
 今はこうして、一時期ではあるが、共に行動している……
 『あちら側』の意図は未だ掴めない……
 けれど、今のこの状況は、エイジュにとって忌むべきものではなかった。

 エイジュは少しずつ歩く速度を速めながら、ガーヤ達の元へと向かった。

   ***************

「ノリコの方はいいのかい?」
「ええ……それよりも、イザークから頼まれごとをされたのだけれど」
 三人分の荷物を持ち、合流して来たエイジュにそう声を掛けながら、ガーヤが荷物を一つ、持ってくれる。
「へぇ、イザークが、あんたに……」
 少し驚いた風に彼女を見やった後、ガーヤは後方からゆっくりと来るイザークに眼をやった。