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自分らしく
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彼方から ― 幕間 ―

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「そうかい、頼みごとをね……」
「ええ……」
 再びエイジュを見て、ガーヤはにっこりと大らかな微笑みを見せると、
「それで? どんなことだい? あたしも手伝えることかい?」
 言葉を重ねて訊ねてきた。
 エイジュもそんなガーヤに微笑み返し、
「もちろんよ、手伝ってもらいたくて、声を掛けたのだから」
 そう応えた。

 やがて、近くに小川が流れる、森に出た。
 アゴルとジーナは躊躇うことなくその森に入り、皆を先導してゆく。
 森に入ってからいくらもしない内に、野営をするには十分な広さの開けた場所に着いた。
 まるで柵のように、低木が周囲を囲み、適度な間隔で背の高い木々が、その周りに生えている。
 地面も適度に柔らかく、休むにはちょうど良いと思える場所で、アゴル親子は立ち止まり、皆を振り返り笑顔を見せている。
「ほぉー、中々良い場所じゃねぇか」
 バラゴは辺りを見回し、自分の荷物を適当に置くと、焚火の材料を集め始めた。
 他の面々も彼に倣い、野営の準備に取り掛かってゆく。
 そのバラゴに、
「ちょいと、どの辺に火を熾すつもりでいるんだい?」
 ガーヤがそう訊ねてきた。
 バラゴは怪訝そうに首を傾げながらも、
「そうだな……」
 そう言って、
「この辺でどうだ?」
 と、指差しながらガーヤを見やった。
「分かった、その辺りだね」
 ガーヤはバラゴの指差した辺りを確認するように何度か見やると、木々の合間に入り、落ち葉を掻き集めているエイジュへと走り寄ってゆく。
 二言三言、互いに言葉を交わしたかと思うと、ガーヤはそのまま取って返し、イザークたちの荷物から夜具を引き摺り出してきた。
「なんだ? どうかしたのか?」
 火種となりそうな小枝や枯れ草などを下敷きに、上に枯れた木の枝を積み重ねながら、バラゴが忙しなく動くガーヤに訊ねた。
「いやね、エイジュがイザークに頼まれたそうなんだよ……ノリコは背中を痛めているからって……」
「ああ、それでか……」
 両腕一杯に、夜具の毛布で包んだ落ち葉を抱えて来たエイジュを見て、バラゴは納得したように頷いた。
 枝を広げた大きな樹の陰、土の柔らかそうな地面に落ち葉を広げてゆくエイジュ。
 きれいに均された落ち葉の上に、ガーヤが二人の荷物から出してきた夜具の毛布を、二枚重ねて敷いてゆく。
「済まない……助かる」
 言葉少なに礼を言い、イザークがそう言いながら二人が用意した寝床へ近づいてきた。
「礼なんていらないわ」
「そうだよ、いいから早く、ノリコを寝かせておやり」
 そう言って、誘うように寝床から退く二人。
「良ければ、おれたちの夜具も貸すが……」
 小川から水を汲んできていたアゴルが、ジーナと共にそう言って様子を見に来た。
「いや……心遣いだけで十分だ」
 イザークは端的にアゴルにそう返すと、ノリコをそっと、夜具の上に寝かせた。
 更に、自身の荷物から別の服を取り出すと、小さく折り畳み、彼女の首と肩に負担が掛からぬよう、枕のようにして置いてやる。
 その所作は、ノリコに対する慈しみに溢れており、優雅で気品漂うものだった。
 エイジュとガーヤ、アゴルの三人は、何故か申し合わせたように、ノリコに毛布を掛けてやっているイザークの所作を見詰めていた。

「では、頼めるか……エイジュ」
「ええ」
 夜具の上で眠るノリコを見やった後、イザークはそう言ってエイジュに場を譲る。
 エイジュはノリコの傍らに膝を着き、左手を彼女の体の上に、そして右手を額の上に翳し、瞼を閉じた。
 やがて、仄青い、エイジュの癒しの『気』が、ノリコの体を包み始める。
 明滅を繰り返しながら、頭から足へと流れているように見える。
 その美しく、柔らかで優しい『気』の輝きに、皆、眼を奪われ、手が止まってしまっている。
 暫くして、エイジュは瞼を開き両手を降ろすと、
「大丈夫、大丈夫よ……打ち身が酷いけれど、骨に損傷はないし、体の内部にも命に係わるような影響はないわ。自力で歩けるようになるまで回復するには、だいぶ日数が要ると思うけれどね」
 そう言って、イザークに微笑んだ。
「……そうか――良かった」
 静かに、そっと息を吐き、安堵した表情を見せるイザーク。
「明日の朝、もう一度診てみるわ――時間を置くと現れる症状もあるかもしれないから」
「……分かった、よろしく頼む」
 エイジュの言葉に、端的に答えるイザーク。
 その瞳にはもう、さっきまでの迷いや懸念は見られない。
 たとえそれが、『今のところは』という打算的なものであったとしても、『信用』してもらえていると確認できたことが、エイジュには嬉しかった。
 無意識に、口元が緩んでゆく。
「おい、軽いが食事の用意が出来たからよ、とりあえず食えよ! ちったぁ休まねぇと、いくら能力者だって体が持たねぇだろうが!」
「ああ、悪いねバラゴ、今行くよ」
 ガーヤがそう応え、『ほら、バラゴの言う通りだよ』と言いながら、二人を促すように立ち上がらせる。
「分かったわ」
「ああ、済まない……」
 そう言いながら立ち上がる二人。
 少し名残惜し気に、ノリコを見やりながら焚火に向かうイザークを、ガーヤとエイジュは互いに微笑み合いながら見ていた。

 焚火を囲み、他の面々はバラゴからスープとパンを配られ、其々、思い思いの位置に座り、一息ついている。
「あら、いい匂いね」
「だろ? 食え食え、大したもんじゃねぇがよ」
 自分が作った料理をエイジュに褒められ、気分を良くしたのかバラゴが満面の笑みでそう言って、カップにスープを注いでゆく。
「なかなか美味いぞ、このスープ」
 と、バラゴの左に陣取ったアゴルが、そう言いながらカップに口をつけている。
「確かに、意外と美味いよな」
「うん」
「うむ、こういう所で食べたり飲んだりすることはあまりないのだが、こういう食事も、良いものだな」
 アゴルの親子の左側には、ジェイダ親子が並び、さらにその先にはバーナダムが座っている。
「しかし……意外だな」
 バーナダムが、カップの中のスープをまじまじと見詰めながら、感心したように呟いている。
「何がだ?」
 そう、バラゴに問われ、バーナダムは、
「だってあんた、ナーダの城の近衛だったろ? 料理なんてやったことなさそうだと思って……」
 疑問を素直に口にする。
「ま、確かにな。けどよ、おれだって、ガキの頃からあんなことばっか、やってたわけじゃねぇんだぜ?」
「そりゃ……そうか……」
 バラゴの言葉に、ここに居る面々はほとんどが会ったばかりで、こうして出会う以前のことなど、知らぬ者もいるのだと改めて思う。
「バーナダム、皆、其々の人生がある……過去にどんな人生を歩んできたのか、それも、時には大事かもしれないが、何より、これから何を成すのか……どんな人生の選択をするのか……わたしは、そちらの方が大切だと思うが、どうだね?」
 穏やかな笑みを浮かべ、優しく諭すようにバーナダムに言葉を掛けるジェイダ。
 このまま話を進めていたら、互いの経緯を根掘り葉掘り訊くような、そんな流れになるかもしれないと思ったのだろう。
 誰しも、他人に詮索されることを快くは思わない。