彼方から ― 幕間 ―
誰か一人でも、気分を害することの無いよう、バーナダムを諭す形で皆を牽制、したのかもしれない。
「……そうですね……おれも、そう思います」
左大公の意図を察したのか、バーナダムはそう応えると、少し済まなそうな笑みをバラゴに向ける。
バラゴも、バーナダムの笑みに懐っこい笑みを返し、頷いた。
緩く、穏やかな空気の中、どこに座るか少し躊躇っているイザークに気付き、バラゴは自分の隣の地面を軽く叩くと、
「何してんだよ、座れ座れ」
イザークを見上げながら、そう、促す。
「……ああ」
言われるまま、イザークが彼の右隣に腰を下ろすと、その隣にガーヤが、そして、バーナダムとガーヤの間に、エイジュが腰を下ろした。
バラゴから、手渡しで回されるスープとパンをそれぞれ受け取り、遅れてきた三人も、やっと、食事に口を付ける。
三人、ほぼ同時にスープを一口啜る。
「あぁ、ホッとするねぇ……」
「……本当、美味しいわね、このスープ」
「ああ……」
深く、大きく息を吐きながら呟いた三人の言葉に、バラゴは更に満足げに顔を綻ばせた。
*************
「しかし、まぁ……良く、生きていられたよなぁ」
空になったカップには、スープの代わりにお茶が注がれている。
仄かに漂うお茶の香りの中、バラゴがしみじみと、そう言いだした。
彼の言葉に、他の面々も同意するように、似たような言葉を口にしている。
「これも、ノリコと朝湯気の木の精霊のお陰ね……確か、イルクと言ったかしら……」
カップのお茶に視線を落としながらそう言うエイジュ。
するとジェイダが、
「エイジュ、あなたとイザークの力も大きかった」
そう言ってくる。
「そうだよエイジュ、おれの怪我も癒してくれたじゃんか」
バーナダムがジェイダの言葉に乗っかるように言葉を重ね、
「確かに、あなたの力も凄かった」
「イザークも流石だったな」
ロンタルナとコーリキも続いて褒め始めた。
「おれは、出来ることをしたまでだ」
誰に視線を合わせるでもなく、揺らぐ炎を見詰め、カップを手にそう応えるイザーク。
褒められたことに対する素っ気ない返しだが、ガーヤにはそれが、イザークなりの照れ隠しに見える。
「ありがとうございます。けれど、大したことは出来ませんでしたわ」
対するエイジュは、誉め言葉をくれた皆の顔を見回しながら、控えめな笑みを見せ応えている。
二人の反応は相反するもののように見えるが、謙遜するでも、慢心するでもない二人の反応は、恐らく、根本的なところで同じなのだろう。
どちらも、自分自身を客観的に見ることが出来、尚且つ、正確な自己評価が出来るだけなのだ。
「いや、確かに、あんたの能力には助けられた……バラゴやアゴル、バーナダムやガーヤにも……左大公方もおられたから、何とかなった……」
会話の切れ目に滑り込ませるように挟まれたイザークの言葉に、ふと、皆の視線が集まる。
「フフッ……あなたに褒められるのは、悪い気がしないわね」
少し嬉しそうな笑みを見せるエイジュ。
「確かにね」
ガーヤも笑みを見せ、
「おめぇに褒められてもなぁ……」
と額を掻くバラゴ。
「なに、助けになったのなら、それでいい」
アゴルはジーナの頭に手を置きながら、そう言って微笑む。
「皆で互いに力を合わせ、協力した結果なのだな……」
ジェイダの一言に、ロンタルナやコーリキ、バーナダムは同意を示し頷いていた。
「それにしても……」
会話の合間、ふと訪れた静寂に、アゴルが呟く。
「おれも、傭兵時代に能力者と仕事をしたことがあるが、二人に匹敵するような能力者には、出会ったことがないな……」
――あの、ケイモスを除いては……だが
樹海での、ケイモスの残虐な仕業が思い起こされる。
同じ能力者だというのに、イザークとエイジュ、そしてケイモスの能力の使い方、それに対する考え方のようなものはまるきり逆だ。
奴は……ケイモスは己の強さの誇示のため、その強さを他の者に示すことで満足を得ていたような――そんな気がする。
二人は違う。
決して能力を誇示したりはしない。
勿論、出し惜しみをする訳でもなければ、使ったことを恩に着せる訳でもない……
仮に……エイジュがどこかの国のスパイだったとした場合――誇示せず、恩に着せたりもしないのは、何か考えがあってのこと……だとも思えるが……
イザークの場合は、単に知られること自体を避けているように感じられる。
本当に必要な時以外は、なるべく能力を使いたくはない……そんな感じだ。
アゴルは二人を見やり、カップに口を付けながら、そんなことを考えていた。
「へぇ、やっぱりそうなのかい?」
ガーヤが感心したように、二人を交互に見ている。
「能力者自体が少ないものね、そう簡単に出会えるものでもないと思うわ」
エイジュは特に気にする風でもなく、微笑みながらガーヤに返している。
「そんなもんかもな……おれも、ナーダの城でこいつと――」
バラゴはそう言いながらイザークを親指で指差し、
「一緒に近衛をやってたカイダールが御前試合で能力使うまで、能力自体を見たことがなかったしな」
と、その時のことを思い返しているのか、空を仰ぎ見るような仕草を見せた。
「しかしよぉ、同じ能力者でも、イザークとカイダールじゃ雲泥の差だったな、なぁ、アゴル」
自分のカップにお茶を注いだ後、バラゴは他の面々にもお茶を勧めながら、アゴルに話を振ってゆく。
「そうだな……確かに同じ風使いのようだったが、カイダールという男の能力は、イザークの足下にも及んでいないように見えたな……それに、イザークおまえは、火も使える。カイダールを、おまえと同じレベルで扱うのは、奴には酷かもしれんな」
勧められるままお茶を貰い、ジーナのカップにも注いで貰うアゴル。
皆も、回ってきたポットからお茶を注ぎ入れ、互いにあの御前試合でのことを話し合い始めた。
彼らの話を、聞くともなく聞いている内に、バラゴが額を掻きながら、何か考え込むように口を閉ざしてゆく。
「自分の能力がさほどでもないと分かっていたからこそ、彼は、毒を使っていたのではないだろうか……」
話を締め括るようなジェイダの分析に、皆も納得するように同意を示し、思い思いに頷く中、
「まぁ……そうなんだろうけどよ……」
左大公の言葉に同意を示すも、バラゴが表情を曇らせてゆく。
地面に掻いた胡坐の膝に肘を乗せ、頬杖を付き、たいそうな溜め息を吐いている。
「なんだい……らしくないね」
ガーヤがその溜め息に眼を付け、眉を顰めて訊ねている。
その飄々とした態度と懐っこい笑みで、場の雰囲気や空気を和らげてくれていたバラゴ。
彼の『らしくない』仕草に、ガーヤだけではなく、皆も眼を向ける。
皆の視線に、癖なのか、また額を掻きながら、バラゴが少し躊躇いがちに口を開いた。
作品名:彼方から ― 幕間 ― 作家名:自分らしく